« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月

2015年11月29日 (日)

今年の紅葉は水墨画風

ご覧のとおり、今年の紅葉は少しばかり水墨画風ですね。

Dscn5310

11月最後の日曜日。箕面の滝まで足をのばした。この季節、「箕面の紅葉はどうかな」というのが、毎年の楽しい気がかり。

夏場の日照が紅葉の美しさの決め手らしい。今年の夏は短く、日照の少ない冷夏だった。となるとあまり期待できまいと、なかば諦めて出かけた。案の状、例年の華麗な色彩のシンフォニーには出会えなかったが、錦織に薄墨を掛けたような風景も捨てたものではなかった。

Dscn5247

Dscn5257

Dscn5246

高い梢の枝から枝へと飛び移るお猿さんの運動能力は大したものだ。

Dscn5300

ご近所にお引越しのカワセミ君

Dscn5322

何だかパステル画のようなカワセミ君の写真と相成りましたが、間違いなく今日の夕刻、ヴェランダ前の梨谷池で撮ったものです。このごろ、毎日のようにこの池でカワセミを見かけるようになりました。どうも最近この池に引っ越ししてきたようです。とはいえ、足音にとても敏感で、近づくとあっという間に飛び去ってしまうので、撮影は容易ではありません。

今日は千里中央で買い物をしたあと、バスを降りてマンションの入り口で「ちょっと池を見てから帰る」と家内と別れて、池の岸の茂みをのぞくと、何とそこにいたのです。私の足音で、やはりさっと飛び立って、幸いなことにわずか10メートルばかり離れた倒木の枝に止まったので、そこをパチリ。薄暗くなってきた時刻ゆえ、露出不足でピントの甘い写真となりました。それでも、絵本風のできばえに、私としてはご満悦。

下は今朝、上のカワセミ君とほとんど同じ場所にいたゴイサギ。ゴイサギは足音くらいでは、動じない剛の者です。

Dscn5291

2015年11月28日 (土)

窓辺の紅葉

Dscn5278

わが家の窓辺のケヤキ。年ごとに枝を伸ばして、いまや大樹です。この秋、遅れていた紅葉もここ数日の冷え込みでようやく鮮やかさを増してきました。朝、カーテンを掛けると窓辺の紅葉に目が覚めるようです。

Dscn5282

Dscn5227

下の写真はヴェランダの前のコナラの黄葉です。

Dscn4319

2015年11月23日 (月)

ヒヨドリジョウゴ

Dscn5235

錦秋、いま紅葉の美しい季節です。しかし、野草の実の色づき、木の実、ドングリたちの姿も楽しいですね散歩の途中ではっとするほどきれいな蔦の実を見つけました。直径1センチくらい、珊瑚かルビーみたいな鮮やかな赤。「ヒヨドリジョウゴ」というそうです。

ヒヨドリが好きな実ということから来ているのでしょうか。でも、この実、人間には有毒だそうです。野鳥たちは人間にはない消化酵素を体内に持っているので、食べてもきっと大丈夫。

それでも、ちょっと摘まんで味見をしてみたくなりますね。

ところで、ヒヨドリというと、「ピーヨ、ピーヨ、ピーッヨ」とかまびすしく、いささかズーズーしい野鳥ですが、つい数日前の朝ヴェランダに出ると、目の前のコナラの梢に。ヒヨドリもこんなかわいいしぐさをするんですね。

Dscn5228

Dscn5281_2





2015年11月22日 (日)

枇杷の花

20131216_005

20140116_001

ヴェランダ前の梨谷池の岸の雑木の茂みに枇杷の木が立ち混じっていて、晩秋のこの季節にまことに地味な花をつける。近くを通る人は誰ひとりとして、その花に目をとめることはない。そればかりか野鳥だってその花蜜に寄ってくることもない。しかし、近づいてよく見ると、なかなか味わい深い花だ。古伊賀の茶器の趣きがある。

この枇杷も翌年の初夏にはたくさんの小粒な実をつける。いつもちょっと味わってみたいなと思うが、手が届かない。手が届かないばかりか、すぐかたわらに交番があって、お巡りさんが通行人を見張っている。ロシア領事館の警備のためだ。だから、枇杷だって何だか肩身が狭いらしくて、その実は大きくなりきれない。そして、いつしか姿を消してしまう。

2015年11月21日 (土)

皇帝ダリアの由来

この花の身の丈は3、4メートルにも及ぶ。5,6メートルというものもあるらしい。とにかく、その背丈の雄大さだけで見る人を圧倒する。「皇帝ダリア」と言うが、命名した園芸家の「どや顔」が目に浮かぶようだ。あまり繊細な命名とは言えまい。

この薄紫の花を最初に目にしたのは、一昨年の秋、伊予松山を訪れたとき。司馬遼太郎『坂の上の雲』の主人公秋山好古・真之兄弟生誕の家の筋向いに木桶に差した切り花として飾られていた。2メートルもある切り花にビックリしていると、その家の主人らしき老人が出てきて、「皇帝ダリア」だと厳かに宣(のたまわ)った。そのとき以来、この花は私には「伊予の花」だったが、このごろ近所でもよく目につくようになった。いま、流行(はやり)の花なのかもしれない

花づくりの世界でも、はやりすたりがある。私が小学生だった頃、ダリアはもっともポピュラーな花だった。カンナ、ケイトウ、アヤメ、イチハツ、キンギョソウなど、どの家の庭にもあった。カンナなど道路の電柱の根元でおおらかに大輪の花を咲かせていた。それらの花々は多くが、その後凋落し、世間から遠ざかり、影が薄くなった。高度成長期、バブル期には、蘭やシクラメン、今の季節でいうと、デンマークカクタス、クリスマスローズ、ポインセチアなど、華麗でファッショナブル、要するにブランドと価格で勝負ということになった。

それで、バブルがはじけてどうなったか。今度はミニ・サイズがもてはやされるようになった。ミニ薔薇、ガーデンシクラメンなど。園芸の世界も人の世の浮き沈み、人情の機微を映しているというべきか。ちなみに、このごろ花屋さんのミニ薔薇の鉢のそばに「バラにはトゲがあります」と注意書きがあって驚いた。

で、「皇帝ダリア」は?花屋さんの店頭で、ダリアの復活は目立っているが、その一環か?それとも何か別の「いわく因縁」があるのかしらん?

Dscn5239

Dscn5146

Dscn4746

2015年11月 9日 (月)

コガモの翼鏡

Photo

「翼鏡(よくきょう)」とは、カモ類の「次列風切」のこと。写真は、千里川に遊ぶ
コガモ(メス)の幼鳥。オス(成鳥)に比べてだんぜん地味な装いだが、風切り羽を見てほしい。一羽は鮮やかなエメラルド・グリーン、もう一羽はサファイア・ブルー。

この色調の違いはたぶん、個体の意志とはかかわりのない「天の配剤」、というか「偶然」であろう。それとも、光の反射でグリーンだったり、ブルーだったりするのだろうか?空の青を映してブルー、木々の緑を映してグリーンだったら、神様の「おしゃれ心」のゆかしさ。

「翼鏡」の役割について書かれたウェブの記事を見つけた。「次列風切のこの特徴的な輝きは、翼をたたんでいる状態では隠れて見えないことも多いが、飛行中には後続によく見え、群をなして渡るさいに仲間に対して目じるしの役割を果たすものといわれる。」(上野隆史:多摩川の汽水流)

2015年11月 7日 (土)

惜別 -消えゆく里山

マンション近くの里山(の名残りといった方が正確だが)で撮った、多分これが最後になるだろうコスモス畑の夕景。いま、このコスモス畑のすぐ後ろでショベルカーが鋼鉄の腕を伸ばして、土地を造成している。カメラのレンズのかたわらに立つ建設告示には有料老人ホームの文字が見える。

老人ホーム、結構。商業施設よりずーっといい。私たちだって、遠からずお世話になるかもしれない。しかし、多分近隣の老人たちがこれまで<心のよりどころにしてきただろう里山>の自然を、老人ホームの建設が根絶やしにする<浮世の流れ>が、何とも悲しい。

Dscn4685

コスモス畑の縁の土手に、一株だけ残ったイワシャジンの青い花が目に入った。来年の秋、このイワシャジンを再び見ることがあるだろうか。かたわらのイシミカワの青い実、ミゾソバ、イヌタデ、野ブドウも記憶にとどめておこう。

Dscn4690

Dscn4748


Dscn4750

Dscn4751

Dscn4105

2015年11月 5日 (木)

鴨居玲展

Dscn4736

一昨日はふと思い立って、伊丹市立美術館で開催中の「鴨居玲展―踊り候え」を観に出かけた。深く重い感動が残った。

強くとがった鋭い描線と暗澹たる色調が、人間存在の奥深い根底に執拗に肉薄しようとしているようだ。人間の無残を体現しているかのようなピエロ、廃兵、老人たち。それはすべて自画像なのだ。リアリズムに徹したときのみ醸し出されてくる悲しいユーモア。自己追求の深い内的衝迫が感じられて圧倒された。

自由に天翔ける翼が欲しい ― 憧れに満ちた切ないうめきを飲み込み、そんな自分をピエロだと思う。与えられた豊かな才能、それを生かし切れない焦りと孤独と浮遊感。ダンディで、シャイで、ひとの愛を切なく求めながら、そのような自分に苦い失笑を隠せない。鴨居玲はそんな人ではという気がした。

宙に浮かんだ紙風船に画家はどんな思いを託したのか?

Dscn4735

『おっかさん』と題された上の絵について、玲に向かって母親が「お前がもう少ししっかりするまで死にきれん」とよく言っていたものだったという、姉で下着デザイナー鴨居羊子の証言が残されている。

ナンキンハゼ

この秋は、例年に比べて木々の紅葉が少し早いのかな、という気がしている。マンションの敷地内のサクラ、ケヤキの紅葉は今が盛りだ。先日、散歩の途中、通りかかった桜の町公園のナンキンハゼの紅葉がはっとするくらい鮮やかな赤だった。

昔々、大学の研究室の窓から美しく紅葉している樹が見えていて、非常勤で講義に来られた先生が「ナンキンハゼですね」と言われて、その樹の名前を初めて知った。それを聞いて、知らなかった自分の無知を恥じる気持ちと、その木の名を知った喜びと相半ばしたことを今も記憶している。

街路樹では、フウ(楓)の木とナンキンハゼの紅葉がいちばん美しいと思う。

Dscn5049_2

Dscn5143

2015年11月 4日 (水)

ジョウビタキ

今日、母校である豊中市立第2中学校を、卒業時の同級生二人と語らって訪れた。私たちがいた頃の中学校の記録が残っていないかどうか、確認したかったからだ。私たちよりずーっと若い校長先生が快く応対してくださって、当時の写真など見せていただいて、大感激。そのことについてはまた別の機会に書くことにしよう。

2中まで歩いていく途中、向丘の「里山」で、この秋はじめてジョウビタキを見た。遠目に見たのだが、すぐにジョウビタキの雄だとわかった。午後の明るい陽射しを受けて腹部の赤褐色(柿色)と頭部の灰色(というより白銀色)が美しかった。

Dscn5071

2015年11月 2日 (月)

千里川の秋の風物詩

カモの仲間で、今年の秋も千里川にまっさきに戻ってきたのはカルガモでした。カルガモの風切り羽の深い青が、秋の空の透明な青を運んできたかのようでした。風切りの青とくちばし先端の黄色と、そして足元の鮮やかな朱色のはっとするようなコントラストは、千里川の秋いちばんの風物詩です。

Dscn4643

昨日の午前、今年の秋はじめてコガモを見ました。コガモの風切りはライト・グリーン。種類によって、身体の各部分の色が少しずつ異なっている理由は何なのか。不思議といえば不思議です。色だけでなく、声もずいぶん違っています。カルガモが低い声で「ガーガー」と鳴くのに、コガモの方は小鳥のような高い声で「ピーピー」と鳴く。これも、ちょっと驚きです。

Dscn4702

野菊の花にとまったモンキチョウ。

Dscn5037

キセキレイはやはり川辺の貴婦人です。

Dscn5057

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ