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2013年7月

2013年7月29日 (月)

カワラナデシコ

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カワラナデシコは淡いピンクの花びら無数に細かな切れ込みが入って、まるで夏の夜空を彩る花火のように、艶(つや)やかでいてどこか儚(はかな)げで、<浴衣の君>という感じだ

どういう経緯(いきさつ)でわが家に来たのか、今は記憶にない。昨年一輪だけさりげなく咲いているのを見つけて驚いた。ふいに訪れた人は、知らないうちに去ってゆく、去ったことも知らないくらい、ふいに。

しかし、今年の夏はたくさん連れ立って、わがヴェランダを訪れた。にぎやかだけれど、どこか「すました」風情がある。毎朝、ヴェランダのガラス戸を開けるとそこにいる。こちらの視線など、そしらぬふりをして。

昭和48年5月、その頃はカワラナデシコという名は知らなかった。高知の土佐中村まで旅したとき、四万十川のほとりの田のあぜに咲いていた。以来、ナデシコというとそのナデシコを思い出し、それに引き寄せられるように四万十川の流域の風景が浮かんでくる。田んぼのところどころに、現役の水車がカタコト回っていた。

土佐中村では、繁華街のおもちゃ屋の店頭でもブリキのお猿さんが両手にバチを握ってドラムをカタコト叩いていた。しずかなナデシコのたたずまいと、人通りのない繁華街でおどけてドラムを叩くお猿さんのコントラストが、今も鮮やかによみがえって来る。四十年も前のことなのに。

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2013年7月22日 (月)

ヴェランダの実り

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ヴェランダのトマトがきれいな赤に色づいた。直径6センチくらいの小さなトマト。その鮮やかな赤が美しい。じつは苗を買ったときに、指先ほどのトマトがすでに枝につていたのだが、こんなに美しく成長すると、自分の手柄のように誇らしい。

昨年もヴェランダに植えた。収穫はトマトは一苗につき、せいぜい3つか4つ。キュウリは一苗につき5本か6本。店頭ものと比べて、みずみずしい甘さが際立っている、というのは「親ばか」か。

前の記事で「里山」のことを書いたが、昔はだれでも庭で野菜を作っていたものだった。「地産地消」のありがたみと大切さを知るためには、ささやかであれ、自分の「ヴェランダ農園」を作ってみることだ。

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里山の夏

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自宅マンションの道路を挟んだ向かい側が向ヶ丘。西の方、六甲に向かって島熊山の裾野のなだらかな傾斜地が広がっている。かつては竹藪や雑木林に鬱蒼とおおわれていた。今はすっかり宅地化が進んだが、それでもところどころ、ほんの少しだけ竹藪とお花畑が残っている。

私は「虚勢を張って」それを「里山」と呼んで楽しんでいる。20年前にはキジの姿も見られたが、今はせいぜいサギ類やセキレイ、ジョウビタキ、シジュウカラ。

私の住むマンション前の灌漑池(梨谷池)から細い水流がこの傾斜地を潤している。そのせいで、けっこういろんなチョウやトンボ、その他の昆虫類もいる。蛇もいる。近隣マンションの住人には箱庭のような里山だ。

今日は散歩がてら、千里川までぶらりと里山を下って行った。ヒマワリ、コスモス、ホウセンカ、百日紅、野アザミ。水を張った畑にハスの花が咲いていて、シオカラトンボが群れていた。暑熱のなか、体の内側から元気が広がってゆくような爽快感。

立派な公園を整備するのも結構だが、行政が努力して生産緑地を維持してゆくことの方が大切ではないかという気がする。

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2013年7月 2日 (火)

富士山

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このごろテレビでよく見る画像ですね。ちょっと登場し過ぎかな?富士山がユネスコの世界文化遺産に選ばれた、ということは、とりあえず喜ばしいんでしょうが、富士山ご本人(?)にとっては果たして本当に喜んでいいのかどうか。みんなでこの山を護ることにつながればいいのですが・・・

上の写真は、5月31日羽田から那覇に向かう機上から撮ったもの。「頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろ」す富士。いつ見ても、何度見ても「大きいな」と思う。

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