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2012年12月

2012年12月30日 (日)

ミッケー!

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「ミッケー!」してください。千里中央の長谷池のほとり。柿の木にはまだたくさんの赤い実が残っています。人の気配を感じて、一時退避していたメジロたちがしばらくすると一羽、2羽と戻ってきて、そのうち枝から枝へとたくさんのメジロたちがランダムにクロス。メジロは柿が大好き。柿の実に顔を突っ込んで食べています。メジロさん、どこにいるかわかりますか。まだ二羽だけですが。(画面をクリックすると拡大して見られます。)

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2012年12月28日 (金)

モズとセグロセキレイ

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同じ日に出会ったモズ(雄)とセグロセキレイもご紹介しておきます。どちらも表情がかわいいですね。

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シジュウカラ

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昨日は「カワセミ日和」と書いたが、カワセミの去ったあと、いろんな野鳥たちが目を楽しませてくれた。シジュウカラ、ヤマガラ、メジロ、セキレイ、カモ類。イカルも声だけ参加。たくさんのヒヨドリはにぎやかに美声を競っていた。

シジュウカラは繁みの奥にいることが多いのでカメラで撮りにくい。それに人の気配に敏感だ。たいてい、背中しか見せない。しかし、昨日はレンズの前でいろんなポーズを取ってくれた。上の写真は、ナンキンハゼの木にとまるシジュウカラ。いちばん下の写真はピラカンサスの実を啄ばんでいる。)

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カワセミ日和

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昨日の午前、気温は低かったが、空はからっと晴れ上がって、絶好のバードオウッチング日和。済まさなければならない仕事もおっぽり出して、北緑丘の(私の秘密の)野鳥スポットへ、ほとんど走るような軽やかな足取りで向かった。

千里川の岸の茂みをのぞきこんでいると、犬を連れたおじさんがすれ違いざまに「ほら」と笑顔で指し示す方向を振り向いたら、「チー」と長く尾を引くような小さな声が聞こえて、青い光の帯が目に残った。カワセミだった。久しぶりのカワセミだった。

橋の下をくぐってカワセミが飛び去った方へ向かった。カワセミの飛翔はすばやく、一飛びの距離は20メートルから50メートルくらい。川面をかすめるように真直ぐに飛び、いったん枝にとまると、しばらくその枝から離れない。橋の向こうにいるにちがいないと思って、そちらの方へ行くと、ちゃんと待っていてくれた。

長いくちばし、川面を凝視する真剣なまなざし。体色の青とオレンジの鮮やかなコントラスト、襟足(?)と胸元の純白。餌である小魚を捕らえるときの目にもとまらぬ機敏さ。精密機械のような動き。「きれい、かわいい」というよりも、自然という匠が生んだ「名品」という感じがする。

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2012年12月22日 (土)

エッケ・ホモ(ここに人間がいる)

先日、学生時代以来の恩師を神戸鈴蘭台のご自宅に訪ねた。先生は現在86歳。肌も艶やか、喉の奥深くから発せられる声には豊かな響きと張りがあり、眼差しは穏やかななかにも炯炯とした光を湛えている。このまえ自宅にお邪魔したのは先生が50代の半ばのころだから、ほぼ35年ぶりの訪問ということになる。ご自宅前の道路を挟んだ灌木の茂みは亭々とした喬木林になっていた。

数年前に奥さまを亡くされて、今は一人暮らし。家事の一切を自分一人でこなして、今も次々と新しい著作をものしておられる。それがきっと先生のお元気を支えているのだろうと思う。それにしてもこの溌剌とした精神と肉体は、何の賜物なのか?

いろいろと話が弾んだ。「先生がお元気なのは、声の張りですぐにわかります。しかしむしろ、張りのある声を出そうとなさる気迫(気合い)が、先生の心と体の元気を保っているのかもしれませんね。深い呼吸(呼気と吸気)をご自分でコントロールする術を身につけることで、宇宙と気を通じておられるにちがいないですね」と、私の観察を述べた。先生が40年も前に、「ドイツ語教師のいちばん大切な資質は声が大きいことです」とおっしゃっていたことを思い出したのだ。

私が今はまっているバードウオッチングのことを話題にしたら、先生は「鳥のことは私にはさっぱりわかりません。ところで、鳥類学はドイツ語で何と言うんでしたかな?」と問いかけられた。恥ずかしいことに、私は鳥類学のドイツ語を知らなかった。先生にはもちろん私を困らせてやろうなどというお気持ちはいささかもなかったし、揶揄や諧謔は先生には無縁のものだ。しかし、私が、そこに鋭い批評を感じ取ったことはいうまでもない。

先生はやおら立ちあがって奥から和独辞典とドイツ語-ラテン語辞典を持ってこられて、大きな拡大鏡で"Ornithologie"(オルニトロギー)を見つけて、大喜びされた。そして、エッカーマンの『ゲーテとの対話』の中に、ゲーテの「鳥知らず」についての記述があったはずだと、今度は『対話』のその部分を索引から捜し出して、「1827年9月26日ですよ。ほら、こんなふうに書いてありますよ」とその部分を、ドイツ語で芝居っけたっぷりの朗々たる発音で朗読して下さった。訳すと、

「ゲーテは茂みの中に一群の小鳥たちがいるのに気がつくと、『あれは雲雀だろうか』と私に尋ねたものだから、私は口には出さなかったが、『おお、全自然を誰よりも広く深く究め尽くしたあなたのような偉大な方が、鳥類学となるとまるで子どもみたいなのだから』と心で思ったのだった。」

「エッカーマンは鳥に詳しかったんですな。」先生に鳥について講釈する自分を、私は否応でもエッカーマンに擬さないわけにはいかなかった。そして、「エッケ・ホモ(ここに人間がいる)」と、先生の顔をまじまじと見て私は心でつぶやいた。

先生は稚気溢れる人でもある。「いい服はね、寒い風が吹きつけると、内側からふわーっと暖かさが体を包み込んでくれるんだね」と言って、両手を胸の前に広がられた。二度三度そんなふうに繰り返されて、帰りぎわにクローゼットの中からダークブルーのコートを出してこられた。「最近、たまたま入った店で一目見てこれだと思って買ってしまいましたよ。出会いだね。」先生はこのコートを最初から見せたくて見せたくてたまらなかったのだ。「先生はこの頃はこれを着て外出されているんですか?」「いやいや、これという時だけですよ」とおっしゃって、私が片づけを手助けしようとすると、「自分でやりますから」と、私は触らせてもらえなかった。

帰りのバス停まで10分。バスを待つこと15分。夕刻で骨を噛むような寒さの中、先生はバスが出てゆくまで見送って下さった。もちろん、新調のコートではなく、普段着のコートで。

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2012年12月16日 (日)

ジョウビタキ

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昨日は勤めの休み、晴れ間が広がり寒さも緩んだので仕事を放り出して北緑丘の千里川へ。前の記事に書いた秘密の(じつは秘密でも何でもなくてみんな知ってる)スポットへ急いだ。人間と同じで、野鳥たちだって明るくて温かな日差しが好きなのだ。そんなときには野鳥たちも、さかんに歌ったり、枝から枝へと飛び回っている。

第一のスポットには、スズメがにぎやかに群れていた。しばしたたずんでいたが、お目当てのシジュウカラもヤマガラも姿を見せず、待ちぼうけを食わされた私にまるで同情したかのように一羽のハトが足元に寄ってきた。いつもは素通りしていた私だが、「これは、どうもどうもハトさん、こんにちわ」。

諦めて第二のスポットへ。護岸のコンクリートの下方、川べりの茂みにオレンジ色が見えた。「あっ、ジョウビタキだ」と思って、カメラを構えたら、「こっちの方が撮りやすいでしょう」と言わぬばかりに、岸の茂みを抜け出してカメラの前の枯れ枝に飛んで来て、ポーズをしてくれた。ジョウビタキはやんちゃだが、意外にひとの心を読んでいるのかもしれない、とそんな気がした。あまり人怖じしない。ジョウビタキは、群れない。ロマンスグレーはダンディだが、よく見ると稚気のある表情をしていた。

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2012年12月10日 (月)

ヤマガラとシジュウカラ

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寒い。日本列島がすっぽりと寒気団に覆われているらしい。各地から大雪の便りも届く。朝から空模様がめまぐるしく変わる。うす雲が広がって冷たい風が吹きぬけるかと思うと、青空が広がって明るい陽ざしが木々に残る枯葉に照り映える。

せっかくの勤務休みだからと、北緑丘の千里川ぞいでバードウオッチング。私だけの秘密のスポットへ。いた!ヤマガラが。ここでヤマガラを見るのは初めて。興奮した。ヤマガラはかわいい。何ときれいな体色。表情もしぐさも愛嬌たっぷり。

寒さのなかで三十分以上もヤマガラとことばのない対話。

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そこにシジュウカラもやってきた。どちらもカラ類。混群を作っているらしい。体色は違っていても、ヤマガラとシジュウカラは仲がいい。二羽がさりげなく近寄ったり、すれ違ったり、そ知らぬふりをしたり、また近づいたり。私もその場を立ち去りかねた。また鼻カゼを引きそう。まあ、いいっか!

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ヒメツルソバ

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「蓼(たで)食う虫も好き好き」ということわざがある。タデは「辛くて美味しくない」植物の代表らしい。そんなタデを好んで食べる酔狂な御仁もいるとの揶揄で、男女の仲をそんなふうに評するのは、もてない男のやっかみと相場が決まっている。タデの仲間には、こんなかわいい娘がちゃんといる。「ツルヒメソバ」という。

秋から冬にかけて寒冷をものともせずに、道端の溝や石垣の隙間にしっかり顔を上げて咲いている。まことに健気。もともと輸入園芸品種らしいが、持ち前の生命力で今では雑草として、冬の散歩者を楽しませてくれている。そのうち、在来種を駆逐する「特定外来植物」などに指定されないことを願いたい。

2012年12月 8日 (土)

チッコリーニを聴きにゆく

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1925年生まれ、現在87歳のマエストロは杖をついて登場した。真っ直ぐに前方を見つめてピアノのそばまで来ると、90度身をひるがえして、杖で体を支えるようにして正面、右、左の聴衆に向かってゆっくりと深々とお辞儀をされた。口元をきつく引き締めた顔は、少し蒼ざめて見えた。それは、緊張というのではない。飛び立とうとする鳥の身構えのように思われた。

ポケットのハンカチがピアノの上に置かれると、シューマン『子どもの情景』の第1曲「見知らぬ国」の最初の音が思いがけず<さりげなく>流れ出した。マエストロはピアノを弾いているというより、鍵盤の上を自由に飛翔する自分の指を見つめ、響き出てくる音に耳を澄ましているように見えた。

プログラムはショパン『タランテラ』、『幻想ポロネーズ』と進み、休憩を挟んでドビュッシー『前奏曲集第1巻』。マエストロの手は、宇宙(自然)という鍵盤を叩いてその響きを楽しむ神の手のようだった。力に満ちて強く、のびやかで繊細、豪放にして軽快だった。木々を揺する風のようでもあり、山間を奔るせせらぎのようでもあり、ときには暁け方に草の葉の縁に宿る露のようにきらきらと輝き、ときには幼児のように静かにまどろむ。

マエストロの顔は次第に血色がよくなり、内側から歓びが輝き出てくるようだった。アンコールは、スカルラッティ、グラナドス、モーツアルト。

私には、もう二度とふたたび出会うことができない一期一会の音楽体験のような気がした。しかしマエストロは、彼自身いつもこんなふうに音楽との一期一会の出会いを生きているに違いないとも思った。

百歳のマエストロの演奏はどんなに神韻縹渺たるものになっているだろう。チッコりーニをもう一度聞いてみたいとしみじみ思った。

2012年12月 3日 (月)

白セキレイと黄セキレイ

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近くのスーパーに買い物に出たついでに、羽鷹池公園の周りをぶらり一周。久しぶりに出会ったキセキレイの姿に時間のたつのを忘れてしまった。池の中央のコンクリートの堰から飛び立ったり、舞い戻ったり。そこにハクセキレイも来た。

ハクセキレイの方が、目がきょとんとしていておとぼけ顔。キセキレイは眉線が吊り上がっていて、きりとっした顔立ち。そうなると、キセキレイの方が身ごなしまで艶っぽいように見えてくる。

カメラを向けたら、「キッとこちらをにらみ見返された」などと言うのは、しょせん「男の的外れなうぬぼれ」です。それにしても、久しぶりにセキレイたちに出会ってよかった。

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2012年12月 1日 (土)

カルガモの幼鳥

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たそがれが降りはじめたころ、千里川の川原で遊ぶカルガモの幼鳥。手前のカモの風切り羽が美しかった。光量が少ないので、画面全体に薄いヴェールがかかったよう。しかし露光時間が長かったせいか、首を振っているうしろのカモが「台風の眼」のように映った。こんな偶然の重なり合いが面白かった。

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