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2012年9月19日 (水)

葛の花

20120911_006

晩夏から初秋にかけて、どこにでもみられるありふれた葛の花。その花をじっくりと観察することはあまりない。しかしよく見るとなかなか味わい深い花だ。

花色のヴァリエーションは多様だそうだが、基本は紫。そこに、赤・青・ピンク・白などの色が混じる。写真は千里川の岸の雑木にからみついた葛の花房。

葛の花 踏みしだかれて色あたらし。この山道を行きしひとあり (釈迢空)

中学校か高校か、国語の教科書で誰もが一度は習ったこの歌。釈迢空(折口信夫)が壱岐(いき)に旅したときの作とか。歌集『海やまのあいだ』(1925)に収められている。同じ歌集に「人も 馬も 道ゆきつかれ死ににけり 旅寝かさなるほどのかそけさ」の歌もある。

この歌、いろいろと解釈の別れる歌のようだ。実景を歌ったものかどうか?葛の花を踏みしだいて進まねばならないとすれば、深い山の踏み分け道かとも思うが、私の解釈はこうだ。

山道の両側の木の梢に絡みついた葛、その蔓(つた)から落ちた赤紫の花が地面に散り敷いている。落ちた花は踏まれて紫の花色をあざやかに滲(にじ)ませている。それを見ると、この道を通り過ぎて行ったものの<存在と非在>がいっそう心に染み入るように感じられた。あるいはこの道は、ひょっとすると遥かな異域へと通っていそうな、旅ごころの心細さ。

葛は万葉の昔から人々の暮らしと深く結びついた植物だった。葛の根は葛粉として食用にもなり、生薬の原料として重用されてきた。茎から採られた繊維は葛布(くずふ)として利用され、その長く勁(つよ)い蔓は編んで生活用品として役立てられた。そう思って読むと、迢空の歌の背後にも無数の名もなき庶民の暮らし、その生と死とが水底に<沈透(しず)き見え>てくるようだ。

とはいえ他方では、葛の繁殖力は凄まじく、今は世界の侵略的外来種ワースト100の一つだそうだ。

葛が人々の生活を扶(たす)ける必要不可欠な有用植物であったころ、人々はその根をさかんに掘り起こし、茎や蔓をせっせと刈り取っていたから、葛の繁殖は適正に抑えられていたらしい。自然と人との関わりを教えて、示唆に富んでいるように思われる。

ちなみに、葛は日本の在来種で、英語でもドイツ語でも"Kudzu"。日本人と葛のつながりの濃さをうかがわせる。

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