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2012年7月

2012年7月22日 (日)

ミントとミツバチ

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インドネシアのジャワ島のお土産として知人にミントの苗を頂いたのは、もう20年も前のこと。いろんなハーブを植えては枯らし植えては枯らしして、もちろん記録しているわけではないが、その歴史は栄枯盛衰に彩られている。

その中で、このミントだけは繁殖の一途を辿ってきた。プランターの割れ目から伸びた根が、いつの間にか排水路に根付き、気が付いたら別の植木鉢で溢れるばかり繁茂している。驚異の繁殖力だ。葉を摘んでさっと水洗いし熱湯を注ぐと、爽快なミント・ティーになる。若葉をアイスやケーキに添えると、味も見た目もきりっと引き締まる。

ところが、この繁殖力である。ついつい邪険に扱って、抜いたり、伐ったり。花は地味でほとんど目に入らなかった。その花に蜜蜂が止まっていた。蜜蜂に教えられて、あらためてその花を見た。美しく可憐な花だ。ミントの蜂蜜、手に入れて一度賞味したいものだ。

2012年7月21日 (土)

石榴の花

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木々の葉が緑の色を暗くするこの季節、ザクロ(石榴)の花は緑の闇に灯った篝り火のように赤い。

 かなしみていづればのきのしげりはにたまたまあかきせきりうのはな

会津八一が養女高橋きい子の死を悼んで詠んだ歌集『山鳩』(昭和20年8月)の中の一首。「たまたまあかき」とは、軒の下闇に火を灯したような石榴の花の「思いがけない紅さ」に胸を衝かれたのである。

2012年7月13日 (金)

ラズべりー

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地下鉄天王寺駅からセンターまでの私の通勤経路は、まるでオランダの版画家エッシャーの「不可能な遠近法」的空間の中にあるようだ。

地下鉄の駅を降りると、エレベーターでビルの地上階へ。ビルのドアを出て、まずJR関西線、環状線のホームをまたぐ跨線橋を渡る。橋を渡りきったところでJR阪和線に突き当たる。

その線路ぞいに坂道を下って、今度は当の阪和線高架下のガードをくぐる。ガードを抜けて右に折れ、その高架線路ぞいに10メートルほど進むと、通勤路はJR各線の上を走っている道路(天王寺バイパス)の下をくぐる。その高架下にはフェンスを巡らした公園がある。(書きながら、「こんな空間構成、わかるはずがない」と呟いている。)

その空間には、かつてブルーテントがいくつもあったらしいが撤収され、いまは近隣住民の管理する「立ち入り禁止公園」(ほとんど形容矛盾!)になっていて、張り巡らされた金網フェンスにラズベリーがからまって、いまその実が赤から黒へと熟し始めている。

まことにリアリズム=シュールリアリズム的な空間の、極微の「牧歌」である。

2012年7月12日 (木)

ウグイスの声とレモンの花

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朝はウグイスの声とレモンの花の匂いで目が覚める、などというと「またまた」と軽くいなされそうだが、うそではない。

この1~2週間、自宅マンション前の梨谷池の木立にウグイスが居ついている。せいぜい1羽か2羽だが、朝7時ごろから1時間ばかりさえずる。その声が日ごとに「強さ」と「冴え」を増してきている。起きて、ストレッチ体操をして、朝食をとり、出勤支度をしながら、声のする木立の葉群(はむら)をじっと見て耳を澄ます。姿は見えない。だから、「天来の声」に励まされたような気になる。

ストレッチしながら深呼吸すると、ベランダのレモンの花の匂いが鼻から胸に広がる。鉢植えのレモン、すでに一番咲きの果実をふくらませながら、いま二番咲きが満開だ。かなり濃密な匂いだが、それを遠くまで放散するらしい。匂いを嗅ぎつけて大型のチョウやハチが寄って来る。特に「熊ん蜂」。

虫媒花だから、レモンとチョウやハチは共生関係にある。しかし、レモンの葉に大型チョウの幼虫がいて、葉を食っている。敵対的共生関係ということになるのだろうか?

で、レモンの花とウグイスの関係は?「ある」とも言えないが、しかし「ない」とは決して言えない。ふたつは、私の中で宇宙的な諧和を響かせている。

2012年7月 8日 (日)

アサガオ

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通勤の朝に出会った天王寺悲田院町の路地のアサガオ。花棚の支柱のていねいな結び目に「育てている人」の思いが、そしてきりりと咲いた花にその思いに答えようとするアサガオの心意気が感じられた。

2012年7月 6日 (金)

ミニバラ

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自宅ベランダのミニ薔薇です。ミニ薔薇の鉢が増える一方だが、なかなか私の願いどおりに咲いてはくれない。

植木市では最近ミニ薔薇がおおはやり。本格的な薔薇づくりは、スペースも必要だし、手入れもたいへん。いきおいお手軽なミニ薔薇に手が伸びる。ミニ薔薇の品種も急速に増えて、花色といい咲き方といい、多種多様。

ところが、ミニ薔薇は買ったときと同じように翌年もきれいな花をつけるのはまれ。次の季節にはたいてい「花もしょんぼり、私もしょんぼり」。病害虫にひどくひ弱なのだ。花屋さんに言わせると「ミニ薔薇は切り花みたいなもので、1年限りと思って下さい」ということらしい。

たぶん、分子生物学か細胞工学かの助けを借りて、「工場」で生みだされてくるご家庭向けの品種なのではなかろうか。ミニ薔薇に野生の逞しさを取り戻させるのは、ベランダーの仕事かもしれない。

ところで、上の写真のミニ薔薇は育て始めて3年目。こんなに見事に(?)咲いた。よし、これをもっと立派に育ててみよう。

2012年7月 3日 (火)

行き暮れて・・・

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昨日、夕方の散歩で通りかかった住宅地の公園。アジサイ、バラ、クチナシ、シモツケなど色とりどりの花がいま咲き競ってとてもきれいだった。ほとんど訪れている人もなく、寂しいくらい静かだ。

ところで ―― バラ園の草むらの中に、この男の子を見つけたときには驚いた。「こんなところでどうしたの?」と思わず訊きたくなった。この子の表情があまりにも真剣だったから。表情に健気(けなげ)さとおびえが交錯していた。

少年が右の腕に通しているツタで編んだかごには野山の果実が溢れていた。この子は、きっと果実とりに出て夢中になるうちに、ここで行き暮れたのだ。日が傾き始めていた。「この子の手を引いて連れて帰れたら」と、後ろ髪を引かれるような思いで公園をあとにした。ここを訪れた人はみんなそんな気持ちになったのではなかろうか。

ひょっとしたら「罪作りな」公園かもしれない。

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2012年7月 2日 (月)

ひさびさのカワセミ

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7月2日夕刻ひさびさに北緑丘の千里川沿いを歩いた。たそがれが降り始めた時刻だし、まさかカワセミに出会えるとは期待していなかった。

川沿いを散策する人の足音、遊んでいる子供たちの声が響いているすぐそばで、川の上に張り出した木の枝でカワセミが川面をじーっと見つめていた。獲物をうかがっていたのか、憩いのひとときを楽しんでいたのか、はたまた瞑想していたのか。それは当方の「余計なお世話」というものであろう。

ピントの甘い写真だったが、私はルンルン気分、軽い足取りで家路についた。これは嘘ではない。

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