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2012年2月 8日 (水)

『博士の愛した数式』

20120131_048

冬木立が好きだ。勤務を終えセンターの正門を出て、西の方角に歩き出すと、茜色の空に冬木立のシルエットが美しい。その向こうに一番星(金星)が見える。(上の写真は四ツ谷の迎賓館前の冬木立。一番星は私のカメラには写らない。)

小川洋子『博士の愛した数式』の博士も一番星が好きだ。まだ陽が高いうちに、西の空にほかの誰にも見えない一番星を指差すのだ。

『博士の愛した数式』を読んでいると、まるで澄み切った水の中をすいすいと泳いでいるような感覚を覚えた。こんなに静かで、こんなに透明で、こんなに馥郁とした小説(メルヒェン)に出会ったのは久しぶりだった。

家政婦業で一人息子を育てているシングルマザーの「私」。「私」の今度の仕事先は、一人暮らしの老天才数学者。「博士」は、17年前の交通事故の後遺症のために今では80分しか記憶が持続しない。「私」の10歳の息子は野球好きの少年。頭頂部が平らな息子の頭をなでながら、博士はルート(√)と呼んで、慈しむ。愛のトライアングルがとても快い涼やかな響きを奏でる。

ある雨の夕方、「(ルート記号の中に)マイナス1をはめ込んでみるとしようじゃないか。同じ数を二回掛算して、マイナス1になればいいんだ。」 博士は穏やかに決して急(せ)かさないように言う。じっと考え続ける私と息子の顔を見つめるのが、博士は何より好きなのだ。

「『そんな数は、ないんじゃないでしょうか』 慎重に私は口を開いた。『いいや、ここにあるよ』 彼は自分の胸を指差した。『とても遠慮深い数字だからね、目につく所には姿を現わさないけれど、ちゃんとわれわれの心の中にあって、その小さな両手で世界を支えているのだ』 私たちは再び沈黙し、どこか知らない遠い場所で、精一杯両手をのばしているらしいマイナス1の平方根の様子に思いを巡らせた。雨の音だけが聞こえていた。息子はもう一度ルートの形を確かめるように、自分の頭に手をやった。」。

「ああ、なんて静かなんだ」とつぶやきたくなる。餃子をつくる「私」の手もとをじーっと見つめて博士がつぶやくように。

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