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2011年11月11日 (金)

魂の折り合い -内山節 『文明の災禍』

10月中旬に宮城の被災地を訪れた。名取市の閖上(ゆりあげ)浜では、今は廃墟となった閖上中学の校舎と、ひかがみを折られてがくっと膝を屈したように前屈みになっている数軒の住宅のほかは、宅地の跡を示すコンクリートの土台だけが海の方まで続いていた。海辺の松並木は灰褐色に変わり、晴れた日なのに靄(もや)っているように見えた。

名取川の河口付近に広がっていたはずの宅地と、そこで営まれていた市民生活はまるでかき消されたように跡かたもない。トラックターとクレーン車で瓦礫の撤去をしているヘルメット姿の作業員以外は、人影もない。遠目に海がきらきら光っていたが、吹く風は冷たかった。

「この一本だけが残ったんですよ」とタクシーの運転手さんが指さしたのは、小高い丘の上に立っている松の木だった。そまつな鳥居をくぐって十段ばかりの階段を上ると、残った石碑の台座にたくさんの花束が供えられていた。祠か社があったと思われるが、流されたらしい。急ごしらえの小さな花壇らしきものが作られていてマリーゴールドが咲いていた。

そこに「ありがとう 自然のすべてに愛と感謝を」と書かれたまあたらしい木札が挿してあった。胸を衝かれた。いつ、どんないきさつで置かれた木札なのかわからないが、頭のなかで「愛と感謝」ということばが、冷たい風のなかの風見のような音をたてた。

その後もそのことばが心に刺さったトゲのように気になって仕方がなかった。内山節さんの『文明の災禍』を読んで、トゲがすっと抜けたような気がした。

内山さんの本に、気仙沼の唐桑地区でカキの養殖をしていた畠山重篤さんのことが紹介されていた。畠山さんは「森は海の恋人」と言い、仲間とともに山に落葉広葉樹を植えてきた漁師として知られている。森と川と海は一体で、よい森とよい川が豊かな海をつくるというのだ。

その畠山さんは今度の津波で母親を失い、船も養殖施設もすべて失った。それでも、津波から何日もたたないうちに畠山さんは「それでも海を信じ、これからも海とともに生きてゆく」というメッセージを出した。

内山さんは書いている、「どう考えても折り合いがつくような事態ではない。しかし、と私は思う、どこかで折り合いがついたのだ。そうでなければ『これからも海を信じて生きる』というメッセージが発せられるわけがない。とすると、どこで折り合いがついたのか。おそらく、魂の次元でだ。海とともに生きてきた、そして自然とともに生きてきた漁師の魂がそう言わせ、そう感じさせているのだろう」と。

畠山さんは「海はときどき海底を掃除した方がいい。そうすると海底の沈殿物が一掃されて、海の生態系はより豊かになる。この海底の掃除をしてくれるのが津波である。今回の津波によって唐桑の海はこれまで以上によくなってゆくだろう」とも言っているらしい。内山さんはそこに「自然とともに社会をつくり、死者とともに社会をつくる」という明確な意思表示としての「死者への供養」を読み取っている。

とてつもない災禍をもたらした海に向かって「愛と感謝」を捧げることが、死者への何よりの手向けとなるような生き方、それを支える共同体を美しいと思った。

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