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2011年8月 9日 (火)

トルコ映画 『路』を観た日

トルコ映画『蜂蜜』について書きながら、かれこれ30年も昔に、これもトルコ映画『路』を観た日のことを思い出した。

じつはその日の朝、人間ドックのエコー検査で「胆嚢にポリープあり」と診断された。緊張した検査技師の顔(緊張していたのは技師さんでなく私の方だったのだろうが、技師さんの顔が凍りついたように見えた)を見ながら「癌ですか」と上目づかいに訊くと、「主治医とよくご相談なさってください」との返答だった。そして、その日はそのまま引き取ることになった。

.今ならポリープについて少しは知識もあって、冷静に受け止められただろう。しかしその日はじめて聞く「ポリープ」に、私は存在の根底をはげしく揺すぶられた。家にも帰りあえず、私は「大毎地下劇場」の闇に身を沈めた。

さて、『路』。1980年マルマラ海(黒海とエーゲ海とをつなぐ海)の監獄島から5人の囚人が5日間だけ仮出所を許された。映画は、5人の囚人が辿る、短い、それぞれに苛酷な旅路を描いた映画だった。(ユズマル・ギュネイ監督1982年)

そのうちのひとり。妻と子が待つはずの故郷の町に帰ってくると、妻は生活苦から別の男に身を売ったかどで実家に戻されていた。実家を訪ねると、家名を守るために「娘に死を」というのが、妻の親族の要求だった。「拒むなら、われわれが殺す」と言う。逃げるように妻を連れ、激しく吹雪く酷寒の山を越えて町へと帰る道行。衰弱し雪の中で動けなくなり赦しを乞う妻の声を背に、男はじっと前を見すえたまま遠ざかってゆく。少年になったばかりの息子は背後の母を振り返り振り返りしながら父の後を追うのだった。 

映画館の闇の中で、私は嗚咽をこらえることができなかった。映画を見ての嗚咽ははじめてのことだった。しかし、それは感傷ではなかった。今なら、「何という酷薄な因襲、何という男性支配」という憤りが先に立ったかもしれない。しかし、そのとき私は、いっさいの感傷を峻絶する人間の根源的な姿、魂の原風景と言えるものに向き合っていたのだった。席を立ったとき、平静に<自分の死>と向き合えるような気がしていた。

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