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2011年7月

2011年7月30日 (土)

デュランタ

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天王寺駅北側の悲田院町の路地にデュランタが丹精込めて育てられている。デュランタは、夏の花。夏にはなぜか青い花が目立つ。いやいや、花が目立っているわけではなくて、人の目が青を求めているせいだろう。

夜の冷気がほんの少しまだ残っているころ、そして日中の火照りが少しばかり和らいだころ、デュランタは花ばかりでなく、つややかな葉もいちだんと美しい。

2011年7月29日 (金)

梨谷池のチョウトンボ

勤めの臨時休日。朝から散髪に行っての帰り、ヴェランダ向かいの梨谷池の畔りを歩いていて、例の(というのは、千里中央の長谷池で見た)チョウトンボを見つけた。「こんなに身近にいたのに」と悔しいような嬉しいような。

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池の岸にイヌビワが色づき始めているのも見つけた。これが黒くなったら秋だ。

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2011年7月26日 (火)

トルコ映画 『蜂蜜』

バケツに張った水に満月がくっきりと映っている。主人公の6歳の少年ユフスが水の中にそっと手を差し入れて満月をすくい取ろうとする。水が揺れて、月が粉々に砕けちる。揺れが静まって光がふたたび月のかたちを作るまで、じーっと待つユフス。また手を差し入れる。光がまた散乱する。ユスフは顔をバケツの水の中にそっと浸す。異界と一つになろうとするかのように。

トルコの黒海沿岸の山岳地方。高い山と深い森の連なり。霧が谷を蔽っている。わずかに開けた土地には色とりどりの野の花。さまざまな鳥の声。雨の音。風の音。せせらぎの音。乾燥地を予想していたトルコに、こんな湿潤で濃密な自然が息づいていることに驚いた。

養蜂家の父、茶畑で働く母。寡黙な両親は、吃音のあるユフスを気遣っている。養蜂の作業を見たり手伝ったりするうちに、自然という回路を通して父親の内面深くに入りこんでゆくユフス。好きな父にだけは、ユフスの口からなめらかに言葉が出た。

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ある日、採蜜の作業に出た父はそのまま消息を絶った。父の姿を求めて作業小屋に入ったユフスは、父が自分のために長い時間をかけて作ってくれていた木製の帆船模型が、棚の上に出来上がって置かれているのを見出した。

静かな映画だ。ディテールが濃やかで美しい。父の事故死の知らせが届いた日、ユフスは薄闇に閉ざされた深い森の中をさまい、巨樹の根方のくぼみに根に抱かれるように身を横たえた。

2011年7月23日 (土)

放射線と感染症

中村仁信『低量放射線は怖くない』を読んだ。著者は大阪大学で長年放射線医療に従事してこられた医師。放射線被曝によって体内に発生した活性酸素が遺伝子(DNA)を損傷し、発ガンのリスクにつながる。ただ人間の周囲には、放射線だけでなく、活性酸素を生みだすリスク要因がたくさんがある。例えば、運動による過呼吸もそうである。急激な慣れない運動は、やはり「年寄りの冷や水」で避けた方がいいらしい。

しかし損傷を受けた遺伝子も、それを修復する免疫機構が人間には備わっている。免疫力を高めることでがんの発生は抑えられる。低量の放射線はむしろ免疫力を高めるというのが、著者が長年の研究と臨床経験から得た結論である。

というより、現実には喫煙やストレスによる発ガン・リスクは放射線による発ガン・リスクよりはるかに大きい。それを棚上げにして、低量放射線に過度に敏感になったり、無用の恐怖心を煽るのはどうか?まず、放射能、放射線とは何かを知ることから始めようというのが中村先生のご意見である。

そして、山本太郎『感染症と文明-共生への道』を読んだ。「目から鱗」ではなくて、「やはりそうなのか」というのが私の感想だった。

人類が感染症とともに歩んできた歴史は長い。農耕、定住、家畜、人口爆発という人類の文明化の過程こそ、じつは感染症の温床であった。その過程で人類は幾度も破滅に瀕した。すさまじい戦いの結果、ペスト、ハンセン病、天然痘、ポリオはほぼ根絶された。今や、疫病のない明るい夢の未来が開けたかと誰もが思った。

が、その矢先、突如思いもかけない強力なウイルスの出現に息を飲んだ。エボラ出血熱、エイズ、サーヅ、鳥インフルエンザなどなど。大河の氾濫を恐れて堤防を高くすればするほど、洪水の被害は壊滅的になる。感染症との戦いの手を緩めることなく、しかし他方では感染症との持続的な(戦略的)共生の道を探るべき時代に来ているのではないか、と著者は言う。

放射線と感染症、ともに医療の最前線で体を張って戦い続けてきた著者たちの言葉は重い。そしてまた、謙虚さに満ちている。

低量放射線は怖くない 低量放射線は怖くない

著者:中村仁信
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感染症と文明――共生への道 (岩波新書) 感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

著者:山本 太郎
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チョウトンボ

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一月ほど前に、「初夏の長谷池」の記事で「はじめて見たチョウ」と書いたのは、「チョウトンボ」のことでした。金属光沢の強い緑青色(「構造色」ですね!)の翅をチョウのようにひらひらさせて飛ぶとWeb図鑑には書かれています。「平地の水生植物の多い池(長谷池のような・・・筆者)で見られる」そうです。

同じ写真を2度掲げるのは初めてですが、訂正とお詫びと感動を込めて。画像をクリックすると拡大して見られますが、翅の先3分の1ばかりが透明です。)

2011年7月22日 (金)

露草の青

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露草の明るい青は、他のどんな花の青でもない。露草もスミレもブルーベリーも紫陽花も、青系の花色はみなアセトシアニンという色素の演出によるものらしい。しかし、どの花もかたくななまでに自分独自の青を守り続けている。そんなふうにして、ひたむきに小さな植物が大きな宇宙を支えている。

子どものころ、花びらや木の実、草の実で「色染め遊び」をよくしたものだった。女児たちはホウセンカ(鳳仙花)の花びらを揉んで爪を染めていた。今でいうマニキュア。露草と朝顔の青はとりわけ魅力的な染料だった。しかし、その鮮やかな青をそのまま写し取ることはできなかった。

「露草」は「着き草」の転音で、万葉集では「月草」の名で歌われているそうだ。摺り染めに用いられたらしいが、すぐに色あせる。「月草」は「移(うつ)ろふ」「消(け)ぬ」の枕詞とされる。

「朝(あした)咲き 夕(ゆふべ)は消(け)ぬる月草の    消(け)ぬべき恋もわれはするかも」(万葉集)

2011年7月19日 (火)

これがジャカランダの花です

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これがジャカランダの花です。花の全長約5センチ、直径2センチ。花柱(めしべ)は3センチ、柱頭は明るい黄色。花の形から推測されるように、花は伏せた顔を少しだけ上目づかいに見上げるように咲きます。桐の花に似ています。匂いはありません。

2011年7月16日 (土)

夕方の散歩

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7月12日(火)の夕刻。4日遅れの記事で恐縮です。その日は勤めの週休日で、定例のエコー検査へ。終わって帰る途中に、時雨。うだるような暑さが続いていたので、これは慈雨。ほんのちょっぴりだけ、暑さが和らいだ。

久しぶりに千里川ぞいを散策した。雨は上がり、日が傾いて、空全体が茜色に染まると、東の空に二本の虹が立った。夕陽を受けて、炎を吹きあげるような虹。

川ぞいの畑にアーティチョーク(朝鮮アザミ)の花。30年近く前から、同じ場所で同じころに、さりげなく花を咲かせてきた。摘む人もいない。しかし忘れられているわけでもない。「大きなアザミの花が咲いています」とメールを下さった方があった。

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2011年7月14日 (木)

なでしこ

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頂いた撫子(ナデシコ)の苗に一輪だけ花が咲いた。ほっとため息が出るほど美しい。今頃、「なでしこ」というとまず「なでしこジャパン」、こちらの方も惚れ惚れするほど美しい。

2011年7月12日 (火)

ジャカランダ咲いた!

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ジャカランダは私にとって夢の木だ。青い花が花ざかりの並木道。まるで海の中を行くように、その下を静かに青く染まって行き交う人々。昔、テレビで見た一場面なのだが、その花を私はいろいろ調べた結果、ジャカランダだと決めた。青い花の下を青く染まって歩いてみたい、というのが私の夢になった。

ジャカランダの苗木を買ってからもう5、6年になる。4本買ったうち、一本は枯らしてしまった。あとの3本、背ばかり伸びて、今は2メートルくらい。痩せてひょろひょろしている。花が咲くなんて、夢にも思っていなかった。そのジャカランダが花をつけた。夢に少しだけ近づいた。

2011年7月 8日 (金)

京都

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京都国立近代美術館で「青木繁展」を見た帰り、岡崎公園から四条河原町まで白川疎水ぞいを歩いた。黒板壁にスダレが涼しげ。朝顔の花がいかにも似合いそうだ。京都は街中のそこかしこに和風の建物(町屋)を残している。利便性、居住性より「風趣」を選ぶところに、古都の矜持があるのだろう。あるいは、黒板壁の町屋は、コンクリートのマンションより居住性においても優れているのかも知れない。、

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四条大橋から見下ろすと、鴨川の河原にゴイサギがいた。京都のゴイサギは五位鷺と漢字で書きたくなる。

2011年7月 7日 (木)

オオキンケイギク

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モンシロチョウが止まっている黄色の花は、オオキンケイギク。最近、川の土手や住宅地の空き地など、いたるところで初夏の日射しをはね返すように元気いっぱい屈託なげに咲いている。

あまりにも屈託なく(遠慮会釈なく?)生え広がってきたものだから、2006年に「外来生物法」によって「特定外来生物」に指定された。法律で栽培・輸入・販売が禁止された(罰則付き)。繁殖力が旺盛過ぎて、日本の固有種が駆逐される事態が生じているからだ。

「多様性」(多種多様な種の共存共栄)は豊かな自然の根幹だ。単一種の圧倒的な優位は、微妙なバランスの上に成り立つ生態系を破壊する。

「オオキンケイギクは除草すべし」という条例もできている。それにしても、考えてみれば、オオキンケイギクに罪はない。人間が自然に人為の手を加えた「身勝手さ」の結果だから、本来人間が「責め」を負わねばならない。その「うしろめたさ」を忘れたら、法律や条例はまた別の災禍を生む。

2011年7月 4日 (月)

緑蔭

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久しぶりに阪大吹田キャンパスに行った。帰り道、フウ(楓)の並木(三色彩道)を下って北千里駅に出た。緑蔭がさわやかだった。頭上を見上げると、フウの葉の一枚一枚がくっきりとした星型の影を作っている。その星形から涼気が送られてきた。

蒸し暑い日だった。年毎に夏の気温が上昇している.。フクシマ以降、自然(代替)エネルギーについての議論が喧(かまびす)しい。冷房のための電力エネルギーで頭を悩ますより、緑蔭を増やすことを考えた方がきっと早道だし、生産的だろう。

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2011年7月 2日 (土)

ミッキーマウスの木

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この赤い花(?)をたくさんつけた木、ミッキーマウスの木というそうだ。JR天王寺駅の北側、悲田院町の路地で見つけた。ちょっとした不意打ち。

花のように見えるが、じつは実のようだ。星形の赤い花托のうえに乗った白い実と黒い実と。どうやら白い実が黒く熟するらしい。もちろん、はじめて見る木。高さ1メートル50センチばかり、灌木というよりはこれから喬木?放っておけばもっともっと大きくなりそうだ。濃い緑の葉は硬くて、縁に細かい鋸歯状の切れこみ。

深紅の、厚ぼったい照りのある萼片はまるでプラスチック製のようで、一見花弁に見えるが、よく見れば構造的には萼(がく)か苞(ほう)にちがいない。

「誰か、この花、何だか知らない?」と一輪取って職場に持ち込んだら、早速ネットの図鑑で「これじゃないですか」と見つけてくれた。「ミッキーマウスの木」と出ていた。東アフリカ原産。黒い大きな実をつけた赤い花托が、ミッキーマウスの顔に似ていることから来た名らしい。そうか・・・なるほど・・・とはいえ・・・。「オクナ・セルラータ」が本名です。

5月頃に、何と黄色の花が咲くそうだ。来年は、花も見逃さないようにしよう!

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