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2010年7月 4日 (日)

稲垣仲静・稔次郎兄弟展

ずいぶん以前のことだが、『芸術新潮』で「でろりの美人画」という特集があって、そこで見た「花魁(おいらん)の図」に鮮烈な印象を受け、深く記憶に焼きついていた。このたび、京都国立近代美術館で開催された稲垣仲静(ちゅうせい)・稔次郎(としじろう)兄弟展(6月27日迄)で、偶然その絵に再会したときには、息を呑んだ。

仲静・稔次郎兄弟については、家内の昔の友人から「大叔父に当たる人の展覧会がある」との連絡を受けて、その存在も画業も詳(つまび)らかにしないまま足を運んだのだった。不思議な因縁に導かれているような気がした。

兄の仲静(1897-1922)は大正11年に25歳で急逝しているから、画歴は短く、作品もデッサンなどの習作がほとんどだ。しかし、鳥や獣などの鋭い描線で描かれた克明な写生画の印象は強烈だ。凄まじい凝視と徹底した写生の果てに、写し取られた対象の背後から不気味な世界(おそらく死の世界)が浮かび上がってくる。「花魁の図」は仲静のものだった。

仲静の、デューラーか岸田劉生の自画像を思わせる「デモーニッシュな」自画像を見ていると、自画像と花魁図が重なって、彼が自己凝視の果てに見ていたものを思い慄然とした。

弟の稔次郎は超天才タイプの兄の画業を畏敬し、同時にその圧迫に苦しみながら自分の道を切り開いて行った人なのだろう。画業の中心を「型絵染」に移し、昭和37年に人間国宝に認定され、翌年亡くなっている。その絵の恬淡とした明るさは、やはり一つの偉業であろうという気がした。

大正から昭和にかけて京都画壇で活躍した兄弟だが、二人の資質は対照的といってほど違っている。弟は兄には負けまいと思い、しかし「いつの日か兄弟展の実現を」と長らく夢見ていたそうだ。

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引っ張りだしてきた古い『芸術新潮』に、「花魁の図」を見つけた。

Dscn3608

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コメント

これまた前の白梅同様、夢に出てきそうな…。
ワタクシはやはり根が単純なのか、
こういう絵は怖くて長く見ていられません。
子供の頃にも、どうしても開けない絵本がありました。

私も子どもの頃、家にあった泰西名画集のマンテーニャ「十字架を下ろされたキリスト像」の頁を開けることが出来ませんでした。
仲静の絵も同じくらい怖いですね。

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