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2010年3月16日 (火)

飛ぶ夢

むかし(少年の頃)は、鳥のように空を飛ぶ夢、魚のように水の中を泳ぎ回る夢をよく見た。多くがほの暗く、それでいてきらきらと輝くような夢だった。夢の後に水脈(みお)のようなものが長く尾を引いた。

おとといの明け方、久しぶりに「飛ぶ夢」を見た。二枚の透明な青いビニール・ファイルのそれぞれに左右の手をさし入れて(ちょっと可笑しくて悲しい図だが)、それを水平にして上下にふると、おやおや足裏が地面を離れのだった。両腕をもっと大きく振ると、体がふんわりと家の軒近くまで浮き上がった。心が躍った。

一息大きく息を吸い込む。すると、体の重さが消えたように舞い上がり、風に運ばれるようにして屋根の上に降り立った。、「ほら、こうするんだ」と、見上げている人たちに声をかけながら、翼のように両腕をゆっくりと上下に動かした。いつか旅先で見たような古い町並み、屋根の瓦や松の梢が眼下を流れていった。なつかしい風景だった。

フロイト先生の夢解釈にお伺いを立てれば、「所詮ろくでもない下意識」がおずおずと明るみに出てくることだろう。あまり聞きたくもない。

これを書いていると、パブロ・カザルスの「鳥の歌」が聞きたくなった。ホワイトハウス・コンサート(1961)で演奏したものだ。チェロの音にかぶさるようにカザルスの息遣いが聞こえてくる。このときカザルスは、カタルーニャの空に大きく輪を描いて舞う鳥に化していたに違いないと思った。

写真は、偶然ファインダーに入った「飛び立とうとするセグロセキレイ」。私の夢とは、まったく無関係です。

Photo

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コメント

飛ぶ夢、私は本当に久しく見ていません。
毎日飛び回っているからでしょうか。

目が覚めたとたんにその日の予定をあれこれ考えなくてはならなかった在職中の日々を思い出します。今の方が、いいのやら、悪いのやら。
そう言えば、四十年以上も前、大学紛争でのらくら暮らしを続けていた頃、『夢日記』のようなものを書いていました。
夢にこだわるのは、やっぱり「心の患い」かな?

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