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2010年2月16日 (火)

呉春の白梅図屏風

「呉春」というと池田の地酒の名前と思い込んでいた。じつは江戸末期の円山・四条派を代表する絵師の号としての方が、銘酒よりも先だったのだ。

蕪村の愛弟子に月渓という俳人がいて、いっとき池田の「呉服(くれは)の里」に住んでいた。その地名に因んで絵師としては呉春と名乗った。月渓は師の肖像画も何枚か描いている。師に寄せる敬愛がにじみ出ている肖像画だ。

そのことは蕪村関連の本で確かに読んでいたはずだが、両者が結びついていなかった。不明をおおいに恥じるべきところだが、私には大発見だった。

呉春の「白梅図屏風」が池田の逸翁美術館で公開中ということで出かけた。

二隻八扇(八曲)の大きな屏風で、藍染の絹地を貼り合わせた地に左右向かい合って二本の大きな白梅の木が描かれている。早朝の薄やみの中に浮かび上がる老木のたたずまいが、墨の濃淡とかすれで自在に表現され、その筆さばきは繊細にして雄渾。一つ一つ丹念に描き込まれた梅の花の白い花弁、黄色の花芯、薄紅色の苞(ほう)が薄闇の中に星を散らしたように浮かび上がる。

貼り合わされた藍染の絹地は、一枚一枚が染まり具合を異にしていて、それがかえって空間の深い奥行を感じさせる。まるで印象派の絵画を見ているようだ。

白梅の花をつつむ薄やみの向こうにやがて朝の光が射してくるのだろう。呉春は、幽明の境に咲く白梅を描いたのだ。

蕪村は天明三年(1783)六十八歳で没したが、臨終の床に愛弟子月渓を呼び、耳元に辞世の句をささやいた。

  しら梅に明くる夜ばかりとなりにけり

句の大意は「(初春のころ)夜が明けはじめると白梅の花がまず白々と目立ち、そうして次第に明るくなってゆく、そういう夜明けばかりが続くようになった、暗い長い冬が終わって明るい春が始まった」(大磯義雄『与謝蕪村』)。

蕪村の心に寄りそいながら、呉春は「白梅図屏風」のを完成に十年後の歳月を費やしたそうだ。

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コメント

お酒しか知りませんでした(笑)。
すごい迫力の梅ですね。夢に出てきそうです。

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