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2010年1月

2010年1月30日 (土)

天の鳥船(あまのとりふね)

民俗学者谷川健一氏の『女の風土記』(講談社学術文庫)の中に、山口県豊北町の土井ケ浜から川鵜(かわう)を抱いた少女の埋葬骨が出土したことに関連して、次のような記述がある。

「古代には天の鳥船(あまのとりふね)といって、鳥は死者のたましいを運ぶ舟に見立てられたが、ここに川鵜がえらばれたというのは、特別に意味があったようである。鵜は水にもぐる習俗をもっているところから、水底にあると信じられている冥府とつながりをもっていると古代人は考えたらしい。」

カワウを抱いて葬られた少女は、どんな少女だったのかと想像しつつ、カワウという鳥の姿をぜひいちど見てみたいと思っていた。

昨日、千里川で一種異様な迫力でこちらの視線を引きつけた水鳥がいた。その姿が何とも奇怪だった。ほかの水鳥と違っているのは、水面下にしばらく潜っていて十数メートルも離れた場所にひょっこりと姿を見せることだった。カメラに収め自宅のPC画面で、カワウであることを確認した。

「この土井ケ浜の少女の親も、娘のたましいが迷わないようにと鵜をしっかりと抱かせていたのではなかったか」との谷川氏の文を読み、カワウの姿を思い浮かべると、心はいつしか古代世界へ引き込まれていくかのようだった。

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2010年1月28日 (木)

石垣スズメ

下の写真、現代の抽象絵画ではありません。じつは、大阪城の石垣。天守閣よりずっと美しい、と思いませんか。よく見ると、石と石との隙間にも苔が生い育っています。

一昨日は大手前病院での検査と診察。採血と診察の間の待ち時間に大阪城公園を歩いたときに撮ったものです。

2番目の写真も石垣ですが、お濠ごしに望遠で撮ったもの。石と石の間はスズメのお宿なんですね。

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2010年1月23日 (土)

あふち(栴檀)の木

北緑丘団地の入口にあたる、千里川の河川敷に樹齢20年以上になろうかという大きな栴檀(せんだん)の木(古くはあふち、またはおうち)が生えていて、四季折々の風情で目も心も楽しませてくれていた。春には薄紫の花、夏には涼しげな木蔭、秋から冬にかけてはたくさんの白い実。いろんなチョウやセミや小鳥たちの憩いの場所でもあった。

上流から流れついた種がいつしか芽を吹き、大きな木に育ったものだろう。根回りが1メートル半くらいもあって、川幅の三分の一くらいを占めるほど広く根を張っていた。そのためか、つい先頃その木が市職員の手で根元から伐られてしまった。治水上の理由があったのだろう。残った切り株の横から若木がまた枝を伸ばしてくれたら、と願わずにはいられない。

 妹(いも)が見しあふちの花は散りぬべし わが泣く涙いまだ干(ひ)なくに (山上憶良)            (妻が見た栴檀の花もいまは散ろうとしている 妻を失った悲しみの涙がまだ乾かないのに)

写真の上は、この夏に撮った花咲くあふちの木、下は伐られたあふち。

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2010年1月16日 (土)

川辺のスーパースター

1月7日に自宅近くの梨谷池で初めてカワセミと出会った。その後はほとんど毎日のように同じ場所でカワセミの姿を見かけるようになった。カワセミの姿を見るためにだけ、一日に何度も池のそばの道路を行ったり来たりしているということもあるが。それでもカワセミを見るたびに、心が躍る。

この三四日寒い日が続いて、昨日もおとといも梨谷池にめずらしく氷が張った。そのせいでもあるまいが、カワセミが姿を見せなかった。<ストーカー>まがいの人物がうろうろしていることに気がついたのかもしれない。明日は少しは暖かくなってほしい。

今日は千里川ぞいを散歩しているとき、ジョギング中のご婦人がいきなり「バックラン」し始め、抑えた声で何か必死に周囲に(といっても、そこには私たちしかいなかったのだが)訴えている場面に遭遇して、「あららっ」と思った。近寄って耳に届いた声は、「石の上にカワセミ!」。とっさにカメラを向けて撮ったのが、下の写真。

それにしても、カワセミはやっぱり川辺の<スーパースター>なのだ。

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2010年1月 8日 (金)

鳥と出会い、鳥を介して人と出会う

今日は多くの出会いがあった。

朝、梨谷池の岸辺の茂みに、昨日に続いて今日もまたカワセミを見つけた。人の気配にすばやく飛び去って別の茂みに身を潜めてしまった。この池の岸に巣を営んでいることは、ほぼまちがいない。<美しき青衣のプリンセス>がいつのまにかお隣に引っ越してきていたのだ。何という迂闊。

北緑丘の千里川ぞいで、大望遠レンズ付きのカメラを枯木の梢に向けている少年(青年?)と出会った。レンズの向かう先に明るいオリーヴ色の小さな鳥が四、五羽、枝渡りしながら戯れていた。「何ですか?」と若者に訊くと、「カワラヒワです」と答えてくれた。その口ぶりに若者の素直な感性がやわらかく響いていた。

しばらく歩くと、このごろ毎日のように同じ時刻、同じ場所ですれ違う老夫妻が岸からカモに餌を投げている場面に出くわした。いつもは互いに目で会釈するだけだったが、今日は夫人の方から「カワセミを写しておられるんですか?」と、にこやかに声をかけてこられた。しばし鳥談義を交わして、私たちは北へ、老父妻は南へと別れた。100メートルほど進んだところで、対岸の護岸石組に止まっているカワセミの姿に気づいた。「ほら、カワセミだ」と家内に向かって、精いっぱい小声で叫んだ。気を鎮めてシャッターを切った瞬間、青い稲妻が「完璧な軌跡」(どこが完璧なのかは説明はできないが)を描いて川面を走った。呆然とするほど美しかった。

対岸を私たちと同じ方向へと戻って行く老夫婦に思わずVサインを送って、次の橋まで駆けていった。「撮りました!」と言ってデジカメのディスプレイを見せて、喜びを分かち合ったのだった。

今日はその後も、オレンジ色の愛らしい小鳥を見つけた。何の鳥か、今図鑑をひっくり返して懸命に調べているところだ。

写真は、カワラヒワとカワセミと謎の鳥。

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2010年1月 7日 (木)

梨谷池

今日2010年1月7日は、私には特筆すべき日となった。カワセミに二度も出会った。それも、違った場所で。一度目はいつもの千里川(北緑丘)で正午頃に。二度目は午後四時きっかりに梨谷池で。

梨谷池はこのブログにしきりに出てくる、わが家のヴェランダの前に広がる灌漑池である。「青い鳥」を求めて遠く(と言ってももちろん豊中北・隣接する箕面南エリア内だが)まで足をのばす日々だった。「青い鳥」は身近にいることを、比喩ではなく実感させられた。

カメラに収めることが出来なかったのは少しばかり心残りだが、カワセミの軌跡は網膜と心のフィルムにくっきりと残った。

梨谷池を地域の宝として、今のまま残すことはできないのだろうか。冬の夕暮れどき、池のほとりの枯木立に大輪の白い花が咲く。休息する数十羽のコサギのコロニーである。

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2010年1月 6日 (水)

ツグミ、ヒヨドリ、ムクドリ

年末にはツグミとヒヨドリを取り違えて、ご両所には申し訳ないことをした。バードウオッチングの楽しみに溺れて、分を弁えなかった、と反省とともに年を越した。

ところが、またまたバードトークで年明け。よくよく「懲りない奴」と言われても返す言葉もないが、散歩に出ると鳥の姿ばかり捜している。

『身近な鳥の図鑑』(平野伸明著)という写真図版の美しい本に「ツグミとヒヨドリとムクドリをいつもきちんと見分けられたら、バードウオッチャーの初心者マークは卒業」と書かれていた。「お前さんは初心者だもの、仕方がないよ」と言われてほっとしたような、叱られたような。

ちなみに「ツグミとヒヨドリとムクドリ」はバードウオッチャーの間でも「お世辞にも人気があるとは言えない」そうだ。わたしには、どれも美しく魅力的なのだが・・・。

次の三点の写真は、ツグミ、ヒヨドリ、ムクドリですよね、きっと。いずれも千里川ぞいで撮ったものです。

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2010年1月 5日 (火)

石ばしる垂水の上のさ蕨の

年賀状に毎年『万葉集』から選んだ歌を書いてきて下さる方がいる。志賀皇子の祝宴での詠、

  石(いは)ばしる垂水の上のさ蕨(わらび)の 萌(も)え出づる春になりにけるかも                  (岩の上を勢いよくほとばしる滝水のほとりにワラビが萌え出てくる春になったことだよ。)

この歌の清冽な印象は、その人の味わい深い字体とともに心に深く刻まれた。冷たい渓流に手を浸したときに、心と体を突き抜けてゆく心地よい痛み。新しい年に当たって、そんな気分を今いちど思い起こしたいと思う。

葉をほとんど落とした楡(にれ)の木の枝越しに陽を受けて千里川がきらきら輝いていた。時おり、水面を鳥の影がよぎってゆく。

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