« 今度こそ、メジロ | トップページ | ジョウビタキの雄 »

2009年12月28日 (月)

ゴイサギの「気配」

散歩の道すがら鳥たちの姿に接することが多くなって、以前は見えなかった鳥の姿、以前は聞こえなかった鳥の声が少しずつ聞こえるようになった。鳥たちの多くは人間の気配に敏感で人が近づくとすっと飛んでいってしまう。そういうわけで鳥の姿を捉えるためには、こちらも鳥の気配に敏感でなければならない。鳥の「気配を感じて」カメラのレンズをそちらに向けるという「咄嗟の身ごなし」も少しずつできるようになってきた(武芸者でもあるまいし、「いつもの大ボラだ」と突っ込みを入れられそうだが)。

こんなふうに書くと、気配って何?と訊きかえされるだろうが、説明できないところが<気配>の<気配>たる所以である。

最近読んだ福岡伸一『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)の中に、「どこからか密かに見つめられているとき、私たちはその気配をすばやく感受できる。誰もが経験的に知っているこの不思議な知覚について、意外なことに生物学は未だ何の説明もできていない」と書かれていて、「そうだよ、そうだよね」と思わず相槌を打った。

福岡先生によれば、どこからか私をじっと見つめている視線は光(多分赤い光)の粒子を放射していて、私は網膜の周縁部(中心部ではない)でその光の粒子を捉えているのだそうだ。

メバチマグロなどの魚の目は、網膜の下部に「反射板」を備えていて、外から目に入って網膜を通過した光をもう一度網膜に送り返すそんな構造になっているらしい。光を増幅しているのだ。深海や夜陰に活動する生物の目は、闇の中でギラリと光る。反射板で照り返された光が目の外へと出て行くからである。フクロウやコノハズク、然り、タヌキやネコ、然り。とすれば、夜行性動物ほどではなくても、人間の目が光ってもおかしくはない。

その光を捉えるのは、目の中心ではないて網膜の周縁であるというところが、まことに含蓄に富んでいると私には思える。

そして今朝、自宅の向かいの梨谷池のそばを通ったとき、私の網膜の周縁が捉え、そして咄嗟にカメラのレンズが捉えたのは、ゴイサギ。日が暮れてから活動する夜行性のサギらしい。黒い瞳を取り囲む深紅の虹彩が印象的。これが<気配>の正体だったのだ。

ゴイサギは以前、地味な体色の幼鳥の写真を掲げたが、成鳥はこのように濃紺の背中と純白の腹部が美しい。

Dscn1146

« 今度こそ、メジロ | トップページ | ジョウビタキの雄 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

おじゃままいつもおじゃましてます。
ゴイサギ、幼鳥は知りませんでした。
これもまだ、幼い、ですよね??

目の中心でなくて周辺部、というのはよく分かります。
夜は真っ暗になる所で育ったので、闇夜に目を凝らして何とか物を見分けねばならない、という仕儀に至ることがありました。その時、捉えようと思う物をまっすぐ見ると全く見えないのに、別の方向を見ると目の隅にその姿が見えるのです!

目から光が出ているっていうのも、おもしろいお話ですね。

おじゃままさん、こんばんわ。
とりとめ(鳥止め)のないバードトークにばかりお付き合いさせて、ごめんなさい。今、バードに夢中なんです。

件のゴイサギ、体調が30センチ以上ありました。ちょっと幼げですが、たぶん、成鳥だと思います。幼鳥の方が迫力があったのは、私の怯えのせいですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1221163/32741939

この記事へのトラックバック一覧です: ゴイサギの「気配」:

« 今度こそ、メジロ | トップページ | ジョウビタキの雄 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ