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2009年12月

2009年12月30日 (水)

晴苗さんの野菜

十二月のこの時期、能勢では地表が凍って野菜を掘り出すのがひと苦労だそうだ。しかし、晴苗(はるな)さんの表情には、大地に寄りそって生きる人特有の静かな力強さが感じられた。

能勢の晴苗農園は、若い女性の晴苗さんがひとりで切り盛りする有機農家だそうだ。その晴苗さんが日曜ごとに箕面駅近くの雑貨屋さんのテラスを借りてひっそりと野菜市を出している。むろん自分が育てた野菜ばかりだ。

十一月の半ば頃たまたま通りかかって買った人参、レタス、白菜、小カブ、ラディッシュ等、その新鮮で甘くて充実した味に驚いた。家内は、晴苗さんの人参みたいな人参はどこにもないと言う。ラディッシュは果実のようだった。レタスは歯ごたえがあって野生的だった。どんな野菜も<生で>食べたくなる。

以来、千里川ぞいをバードウオッチングしながら晴苗さんの野菜市まで往復6キロの道のりを歩くのが、日曜日の楽しみになった。

この一年半、インターフェロンの副作用でさんざん辛い思いをした。そのせいで自分の身体や食、自然との関わり方をいろいろ考えさせられた。インターフェロンを一応終えた今は、大地を踏みしめて「歩く」ことに無上の喜びを感じている。一足ごとに、ギリシア神話の怪物アンテーウスのように足裏から大地の活力を吸い上げているような気がする。

グローバル経済のおかげで安価な農産物が大量に市場に出回るようになった。しかし、そのことが「日本の農」、「日本人の食」を窮地に追い込んでいるらしい。野菜は季節のものだということ、旬の野菜の味を私たちは忘れかかっている。それは、本来「農」に深く根ざしている日本の歴史と文化の危機かもしれない。おいしい野菜の味を知ることが、まず第一だろう。晴苗さんの野菜を噛みしめながら、そんなことを思った。

2009年12月29日 (火)

ジョウビタキの雄

千里川ぞいを散策すると、毎日のように何か新しい発見があって、驚かされる。鳥であったり、花であったり、虫であったり。今日は、たわわに実をつけたミカン畑で無心に遊ぶ藍とオレンジ色の美しい小鳥に出会った。カメラにおさめ家に戻って調べると、雄のジョウビタキ。ミカン畑のジョウビタキも撮ったが、完全なピンボケ。<狙いすぎてコケタ>のだ。人家の塀に止まった姿(これもピンボケだが)で、ともかく辛抱しよう。こんなにも美しいのだから。

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2009年12月28日 (月)

ゴイサギの「気配」

散歩の道すがら鳥たちの姿に接することが多くなって、以前は見えなかった鳥の姿、以前は聞こえなかった鳥の声が少しずつ聞こえるようになった。鳥たちの多くは人間の気配に敏感で人が近づくとすっと飛んでいってしまう。そういうわけで鳥の姿を捉えるためには、こちらも鳥の気配に敏感でなければならない。鳥の「気配を感じて」カメラのレンズをそちらに向けるという「咄嗟の身ごなし」も少しずつできるようになってきた(武芸者でもあるまいし、「いつもの大ボラだ」と突っ込みを入れられそうだが)。

こんなふうに書くと、気配って何?と訊きかえされるだろうが、説明できないところが<気配>の<気配>たる所以である。

最近読んだ福岡伸一『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)の中に、「どこからか密かに見つめられているとき、私たちはその気配をすばやく感受できる。誰もが経験的に知っているこの不思議な知覚について、意外なことに生物学は未だ何の説明もできていない」と書かれていて、「そうだよ、そうだよね」と思わず相槌を打った。

福岡先生によれば、どこからか私をじっと見つめている視線は光(多分赤い光)の粒子を放射していて、私は網膜の周縁部(中心部ではない)でその光の粒子を捉えているのだそうだ。

メバチマグロなどの魚の目は、網膜の下部に「反射板」を備えていて、外から目に入って網膜を通過した光をもう一度網膜に送り返すそんな構造になっているらしい。光を増幅しているのだ。深海や夜陰に活動する生物の目は、闇の中でギラリと光る。反射板で照り返された光が目の外へと出て行くからである。フクロウやコノハズク、然り、タヌキやネコ、然り。とすれば、夜行性動物ほどではなくても、人間の目が光ってもおかしくはない。

その光を捉えるのは、目の中心ではないて網膜の周縁であるというところが、まことに含蓄に富んでいると私には思える。

そして今朝、自宅の向かいの梨谷池のそばを通ったとき、私の網膜の周縁が捉え、そして咄嗟にカメラのレンズが捉えたのは、ゴイサギ。日が暮れてから活動する夜行性のサギらしい。黒い瞳を取り囲む深紅の虹彩が印象的。これが<気配>の正体だったのだ。

ゴイサギは以前、地味な体色の幼鳥の写真を掲げたが、成鳥はこのように濃紺の背中と純白の腹部が美しい。

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2009年12月26日 (土)

今度こそ、メジロ

千里西町公園で、クスノキの梢の高いところに萌黄色の小さな鳥を見つけた。とりあえずカメラに収めて、モニター画面を覗いてみる。以前ジョウビタキの雌をメジロと勘違いしたが、今度こそまちがいなくメジロだ。ピントの甘い画像だが、これも胸の高鳴り、手の逸りのせいだ。

目の周りの白い縁取りがかわいい。花の蜜を好み、春には梅や桜の花に寄って来るそうだ。

ヌエからメジロまで、身近にこんなにも多様な鳥の世界のあったことに、日々驚いたり感動したり。

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2009年12月25日 (金)

鵼(ぬえ)

「鵼」または「鵺」と書いて「ヌエ」と訓(よ)む。『平家物語』巻第四の最終章は「鵼」と題されている。

カモの青緑の「風切り羽」について調べたとき、その箇所に行き当たった。源三位頼政が、夜な夜な宸襟を悩ませる怪物を退治せよと朝廷に呼び出されたとき、「(郎党の)井早太(いのはやた)に<ほろのかざきり>はいだる矢負わせて」馳せ参じる。

「東三条の森の方より黒雲一村(くろくもひとむら)立ち来たって、御殿の上にたなびいたり。」射ち落としてみれば、「かしらは猿、むくろは狸、尾はくちなわ、手足は虎の姿なり。鳴く声鵼(ぬえ)にぞ似たりける」とある。(岩波文庫『平家物語』)

頭は猿、胴体は狸、尻尾は蛇、手足は虎、とはまことに奇怪、正体不明の怪物である。声が似ていたとされる「鵺」は注釈に拠れば<トラツグミ>のことで、体全体に「三日月形の黒斑を持ち、夜、人の悲鳴に似た鳴き声を立てるので、凶鳥として」忌み嫌われたそうだ。

夜に鳴くので「鵺鳥(ぬえどり)」と呼ばれたトラツグミは、いつしか正体不明の怪物にその名を奪われたばかりか、同一視さえされるようになったようだ。

というわけで、私の撮ったのは不幸なトラツグミではあるまいかと思っているが、<ヌエ>にふさわしい正体不明の<ヌエ>的写真となってしまった。

ちなみに、「鵺」(夜+鳥)がなぜ「鵼」(空+鳥)となったか。「空」には<うつろな、気味の悪い>の意味があるからだ。(藤堂明保編『漢和大辞典』)

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2009年12月24日 (木)

パリ・イン・大阪

昨日は腹部エコー検査。検査技師さんがしきりにぶつぶつ独り言を言う。それどころか、時々ため息をついたりする。我慢しきれずに「何かあるんですか?」と訊いた。「胆石か胆嚢ポリープか見きわめがつかないんですよ」との答を聞いて、肝臓に著変なしだと、奇妙に安堵。病気慣れはいいのやら悪いのやら。

一年半のインターフェロン投与の経過を治験データとして使わせてほしいとの依頼があり、一も二もなく応諾した。

足取りも心も軽くなって土佐堀川沿いを天満橋から北浜、中之島を経て淀屋橋まで歩いた。土佐堀川でバードウオッチング。北浜界隈は<パリの面影>を醸し出している。大正から昭和初期に建てられたモダニズム建築が多いせいだ。

写真は土佐堀川のユリカモメとヒヨコ、そして中之島公会堂。

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ツグミ

枯木立の頂きに、スズメに似ているがそれより少し大きめの小鳥を見つけた。赤褐色の翼、白い胸部から腹部にかけて黒い斑点を散らしている。撮った写真を脇に、いつものように鳥類図鑑と首っ引き。ツグミだと判明した。白い眉が特徴と図鑑には書かれているが、しかし離れた地上から見ると、長く鋭い嘴と目のまわりの黒い隈どりが印象的だった。気性の激しい鳥だそうだ。

千里川ぞいの木々は今はほとんど葉を落とし、野イバラ、ピラカンサなどの赤い木の実が目立っている。それを目ざとく見つけて寄ってくる小鳥たちが多いようだ。私の撮ったツグミはいささか<メタボ>だ。栄養を体内に貯えて厳しい冬に備えているのだろう。人間のメタボとはわけが違うと、見た。

ツグミは秋から冬にかけてシベリアから南下してくる渡り鳥だそうだ。太陽を回る地球の公転軌道が四季をもたらす。秋から冬にかけて日の移ろいが、鳥たちを<餌を求めての渡り>へと駆り立てる。<渡り>は鳥たちの体に刻み込まれた<宇宙のリズム>なのだ。

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2009年12月15日 (火)

レモンの花咲く国

ヴェランダの鉢植えのレモンが黄色く色づいた。今年の五月に植木市で買った苗木だ。最初から一つだけ<ウズラのたまご大>の実がついていた。やがてふたたび白い花が咲き、そのうち四つの花が結実した。合計五つ。

いずれは緑のままに落果するものと思い込んでいたが、「それまでは」と毎朝<レモンの子>の五つの顔を見て安堵した。暑い夏のあいだも健気に少しづつ着実に大きくなっていった。

それでも「黄色くならない」というのが家人の見通しだったが、私は依怙地に黄色くなると言い張った。「賭けようか?」「いいよ。」という<リアリスティックな>やり取りもあったが、家人は私の情緒過多に辟易していたのかもしれない。

酸っぱい夏みかんに重曹をふりかけて食べていた私の子どもの頃、レモンはまだ西洋の香りがするロマンチックな(または文学的な)果実だった。梶井基次郎『檸檬』、高村光太郎『レモン哀歌』、ゲーテ『君よ知るや南の国』、然り。若い世代に<レモンのロマン主義>はあるまい。レモンは今や立派なリアリズムの果実にちがいない。

三十五年ほども前、三月の末に南ドイツに旅したことがあった。ちょうどヨーロッパ全体を大寒波が襲い、ミュンヒェンでは骨を噛むような寒さに辟易し、滞在を早々に切り上げ、イタリアへ向かった。ヴェニスは大雪、サン・マルコ広場は白一色で、観光客の姿も見えない。フィレンツェに向かう列車の窓から次第に雪景色が消え、草の緑、アーモンドの白い花、そして緑の葉陰に輝くレモンを見たときは「トスカーナの春」を思い、「南の国」へ来たことに感動したものだった。

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2009年12月10日 (木)

自己発見としてのバードウオッチング

ここ一ヵ月半ほど「俄(にわか)バードウオッチャー」暮らしの毎日だが、デジカメ片手に散歩していて近頃とみに鳥の気配に敏感になった。これまで目にしていても見えていなかった鳥の姿が見えるようになった。同じカモにも、コガモもいればマガモもいるし、カルガモ等々たくさんの種類がいて、それぞれ少しづつ見分けられるようになってきた。鳥たちとの付き合いは、<未知の自分>とのスリリングな遭遇の連続である。

図書館から借りてきたり、自分で買ったりした鳥類図鑑を十冊近くも机の上に積み上げて、ためつすがめつしている。そして、鳥類の区別がなかなか難しいこともわかった。雄と雌、幼鳥と成鳥、夏と冬で装いを変える鳥も少なくないのだ。

先日、自宅脇の梨谷池のそばを急ぎ足で歩いていると、ふと鳥の気配を感じて足が止まった。これまで見たことのない鳥だった。カラス大の中型鳥で、こちらに向けた背中の模様からとっさに「フクロウかな?タカかな?」と思った。どちらも、こんな都市部の昼間にいるはずのないない鳥で、自分でもおかしいくらいのディレッタントぶりだ。

その鳥が振り向いて横顔を見せた。まっすぐな長い嘴、黄色い虹彩に黒い瞳の鋭いまなざしだ。

カメラに収めたその鳥の種類を同定するために、いつものように鳥類図鑑との悪戦苦闘、そしてついに今日同じ姿の鳥の写真を見つけた。「やった!」という感じ。

これは、ゴイサギ(五位鷺)の若鳥だ。成鳥とはまったく装いを異にしている。羽の模様から「ホシ(星)ゴイ」ともいうそうだ。

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2009年12月 9日 (水)

カラス

晩秋のある日、ガラス戸越しにヴェランダ前の木立を眺めていると、ヒヨドリのような中型鳥が二羽、三羽しきりに中空で急角度の上昇と降下を繰り返していた。その奇妙な動きは明らかに不安を示し、(無力な)示威行動のように思われた。カメラを手に取って木立の方を見ると、クヌギの高い梢にカラス一羽がとまっていた。微動だにせず、中型鳥のあわただしい動きを無視して虚空を睨んでいた。ほとんど威厳に満ちたと言っていいような、その圧倒的な存在感に思わずシャッターを切った。

カラスは今や都市近郊の嫌われ者の代表者だが、この写真を撮ってからカラスに対する私の見方が少し変わった。「やっぱりただ者ではない」という少しばかり畏怖に似た気持ちが湧いてきた。まして況(いわん)小鳥たちにおいておや、である。

古代ゲルマン(北欧)の神話では、カラスは主神オーディンに仕える聖なる鳥とされている。オーディンは毎朝、フギン(思考)とムニン(記憶)という名の二羽のカラスを世界に送り出す。彼らは一日の旅を終えて帰ると、その日見聞した一切をオーディンに告げるのである。オーディンは戦さの神であり死の神でもあるから、カラスはつねに戦士に連れ添い、戦士の屍を啄(つい)ばむ死の鳥でもあるという。(谷口幸男、福島正純、福居和彦 『ヨーロッパの森から―ドイツ民俗誌』 NHKブックス)

カラスの両義的象徴性(生と死、知恵と邪悪など)は、古代以来どの神話にも共通しているようだが、カラスの<底知れぬ闇の如き>たたずまいを見ていると、それもうべなるかなという気がする。

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2009年12月 1日 (火)

箕面

師走朔日(しわすついたち)。穏やかな日和に誘われて、今年の紅葉の見納めをしようと箕面に出かけた。自宅から箕面駅まで徒歩、駅から政の茶屋(滝の上)付近までタクシー。地獄谷を歩いて下り、滝道へ。瀧安寺(りょうあんじ)近くの休憩所に座り、持参のおにぎりで昼食。隣に座った老人がハーモニカで「上を向いて歩こう」「若者の歌」「叱られて」などの曲をいつ果てるともなく吹き続けていた。席を立つとき「ありがとう」と礼を述べると、老人の顔に笑みがこぼれた。

それにしても、箕面の紅葉は(もちろんご近所のよしみで身びいきもあるが)関西随一だと、訪れるたびに思う。渓流にそって、色彩が奏でる壮大な交響曲を聴いているようだ。

箕面の美しい自然景観は、じつは日本人の感性が千年以上にわたって慈しみ育んできた文化景観(文化遺産)である。私たちの先人たちは、文化と野生とのあいだの阻道(そばみち)を絶妙なバランス感覚を発揮しながら歩いてきたのだった。

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