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2009年11月18日 (水)

レッドフォード 『モンタナの風に吹かれて』

ロバート・レッドフォードという俳優は飛び切りの美男子なのに、映画館に足を運ぶまでの気を起こさせなかった。最初に見た『追憶』が悪かったのかも知れない。『追憶』は、上映途中で映画館を出てしまった稀な映画の一本である。

その後 『明日に向かって撃て』 『愛と哀しみの果て』 『アンフィニッシュド・ライフ』などビデオで見たが、最初の印象は基本的にはあまり変わらなかった。なぜか。

長谷川一夫は「目千両」と称せられて目線の「色っぽさ」は無類だったが、同じ二枚目でもレッドフォードにはその「色っぽさ」がない。

「色っぽさ」「色気」とは「交差の美」だと藤本義一氏が言っていた。至言である。うつむいて上目づかいに見る、顔をそむけて横目づかいに見る、逃げる姿勢で上体だけが振り返る。要するに、心と体が裏腹なのだ。レッドフォードには「交差の美」が欠けている。彼のまなざしは、いつも真っ直ぐなのだ。

はげしく沸騰する情念(エロスとタナトス=愛と死の情念)をきわどいところで身内(心と体の内側)に押し込めている危うさ。「狂気」を潜めた「静謐」。クリント・イーストウッドにはそれがある。

ところで最近、レッドフォード監督・主演の『モンタナの風に吹かれて』をDVDで見た。しみじみいい映画だと思った。乗馬とトラックの衝突事故で片足と友人を失った少女。その事故で化物じみた凶暴な暴れ馬に化した愛馬。伝説的なカウボーイに愛馬の再生を託くそうとニューヨークからモンタナまで旅する母娘。そして、モンタナの空と雲が美しい。暴れ馬の前に立ちはだかって、狂気をはらんだ馬の目をひたと見つめるカウボーイの眼差しの優しさと強さ。レッドフォードの<交差していない>人柄を素直に肯定したくなった。多分、私の年齢(とし)のせいだろう。

モンタナの風に吹かれたいと思った。

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