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2009年10月 7日 (水)

チェーホフの風景 その5

チェーホフの臨終を描いた『使い走り』は、レイモンド・カーヴァー(1939-1988)の最後の短編小説である。自身が癌に侵されていたカーヴァーは、チェーホフの死に自らの死を重ね合わせ、渾身の力をふりしぼってこの作品を書いた。

ドイツの保養地バーデンヴァイラーのホテルでチェーホフを看取ったのは妻のオリガと医師のシュヴェーラー博士だった。死が分刻みで迫っていると判断した博士は、最上のシャンパンとグラスを三つ持ってくるようにとホテルのキッチンに電話した。

「チェーホフは残った力を振り絞ってこう言った。『シャンパンを飲むなど実に久し振りのことだな』と。彼は唇にグラスを運んで飲んだ。ちょっと後でオリガはその空になったグラスを彼の手から取って、ベッドサイドのテーブルの上に置いた。チェーホフは体を横に向けた。目を閉じて、溜め息をついた。その一分後に彼の呼吸は止まった。(・・・)『光栄なことでした』とシュヴェーラー医師は言った。そして鞄を手に取り、部屋から、そしてさらに言うならば歴史から、姿を消した。シャンパンのコルク栓がぽんという音をたてて飛んだのはちょうどそのときだった。テーブルの上に泡がこぼれ出した。オリガはチェーホフの側に戻った。彼女は足載せ台に座って彼の手を取り、時々彼の顔を撫でた。『人の声も聞こえず、日常世界の物音も聞こえなかった』と彼女は書いた。『そこにあるものはただ美と平和と、そして死の壮大さのみであった。』」

「死の壮大さ」と「コルク栓のぽんと飛ぶ音」の絶妙の対比。「コルク栓のぽんと飛ぶ音」は、偉大な作家の死を相対化する。チェーホフ自身が「ポンと音をたてて「生」から「死」と飛んだのだ。

ここまでが伝記的事実に即した(?)前半。後半は一転して、作者はまことにささやかな、しかしおかしくも愛すべき人生の情景に思いを潜め、幻想の領域に踏み込んでいく。夜が白み始める。ドアをノックしたのは、昨夜たたき起こされて眠い目をこすりながらシャンパンを運んできた金髪のボーイ。今はさっぱりとした身支度と表情で3本の黄色いバラを活けた花瓶を両手に捧げ持っている。彼には部屋の主の死はまだ知らされていなかった。

「女がじっと床を見下ろしていたので、彼も下に目をやった。そして即座に自分の足のつま先に転がっているコルク栓に目をとめた。彼女はそれを見ているのではなかった――彼女の目は別の何かに向けられていた。」

オリガは若者に、この町いちばんの葬儀屋を連れてくるようにこと細かに指示した。「若者の顔は青ざめていた。そこに立ちすくみ、花瓶をぎゅっとつかんでいた。(・・・)『あなたは静かな確固とした足取りで、しかし不自然に急ぐことなく、葬儀屋のところに行かなければなりません。(・・・)さあ、もう行きなさい。』 でもそのとき、若者はまだ自分の足のつまさきに転がっているコルク栓のことを考えていた。それを拾いあげるためには、花瓶を抱えたまましゃがみこまなくてはならない。そうしよう。彼は身をかがめた。下を見ることなく、彼は手を伸ばして、それを手の中に収めた。」

チェーホフの世界に寄せるレイモンド・カーヴァーのかぎりない愛惜が胸に迫ってくる作品である。

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