« 「けったい」な大阪人 | トップページ | 竜胆(りんどう) »

2009年10月29日 (木)

指切り げんまん

子どものころ、相手の小指に自分の小指をからませて「指切りげんまん 嘘ついたら針千本飲まそ 指切った」と言って約束(あるいは仲直り)の履行をお互いに確認しあったものだった。

考えてみれば「指を切る」とは穏やかでない。任侠の世界では「指を詰める」(落とし前をつける)という儀礼がある。またまた『大阪ことば事典』にお伺いを立てれば、「もとは男女が互いに変わらぬという堅い契りの証しとして、小指を小刀で切って示しあったことからでたもの」とある。これは遊郭の仕来りだろう。

「指切り」は、ひょっとすると武家の作法に発するものだろうか?それがいつしか一般市民に模倣され、「任侠」や「遊郭」の世界に下りてきて、そのうち「ことばの身振り」として子どもの世界にまで広まったのだろう。

それにしても「げんまん」とは何か?「拳万」の字を当て、破約があれば「拳を万と降らせる」というのが語源だとするものが多い。少し牽強付会の感を否めないがどうだろう。日本民謡のお囃子のようなものではないか。

いずれにしろ、「指切りげんまん」は身振りを伴ったことばだということを考えると、「げんまん」にはおそらく最初は<拳と拳を打ち合わせるような所作>が伴っていたのではないか。<――n――n>の表現には、強いリズムによって人を有無を言わせず納得させる力がある。「かんじんかなめ」「いかんせん」「ばんぜんを期す」などなど。

子どもはことばの音響的な、つまり身体的な要素に大人よりずっと敏感に反応するものである。分別で、ことばを切り分けるようなことはしないからだ。飛躍するが、子どもには「聖」(=精神、文化)と「俗」(=肉体、野生)の切り分けはない。「聖」の世界に対しても「俗」の世界に対してもあっけらかんと開かれている。子どもは、あどけなく残酷である。

「落葉焚き」の季節が来ると、山茶花の花が咲く。

Photo_2

« 「けったい」な大阪人 | トップページ | 竜胆(りんどう) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1221163/31970688

この記事へのトラックバック一覧です: 指切り げんまん:

« 「けったい」な大阪人 | トップページ | 竜胆(りんどう) »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ