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2009年10月21日 (水)

ニコライ・ゴーゴリ 『外套』

ゴーゴリの中篇小説『外套』を読んだことのある者は、物語の筋の細部を忘れても、主人公である貧乏小役人の名前がアカーキー・アカーキエヴィッチ・バシマチキンであることは、決して忘れないであろう。

最近『外套』を久しぶりに読み直してみて、作品の冒頭にその名の由来が縷々述べられていることを改めて確認した。バシマチキンという姓は、短靴(バシマク)に由来することは明らかだが、一族はみながみな長靴を履いていたのである。彼の名はアカーキー・アカーキエヴィッチといったが、「読者はこの名前をいささか奇妙なわざとらしいものに思われるかもしれない」と作者は書いている。

ロシア語にはまったく無知な私には、アカーキー・アカーキエヴィッチという名の響きそのものが何か悲鳴にきこえてしかたがない。

「彼は手渡された書類を書き写すという職務に熱愛を持っていた。「彼にはこの写字という仕事の中に、千変万化の、楽しい一種の世界が見えていたのである。彼の顔には、いつも喜びの色が浮かんでいた。ある種の文字にいたっては非常なお気に入りで、そういう文字にでくわすというと、もう我を忘れてしまい、にやにや笑ったりめくばせしたり、おまけに唇まで手伝いに引っ張り出すので、その顔さえ見ていれば、彼のペンが書き表しているあらゆる文字を一々読みとることできそうであった。」

「(同僚や下僚から)いろんなうるさい邪魔をされながらも、彼はただの一つも書類に書きそこないをしなかった。ただあまりいたずらが過ぎたり、仕事をさせまいとして肘を突っついたりされる時だけ、彼は初めて口を開くのである。『かまわないで下さい!何だってそんなに人を馬鹿にするんです?』それにしても彼の言葉とその音声には、一種異様な響きがあった、つい最近任命されたばかりの若い男など、見様見真似で、ふと彼をからかおうとしたけれど、胸を突かれたように、急にそれを中止したほどで、それ以来この若者の目には、あたかもすべてが一変して、前とは全然別なものに見えるようになったくらいである。」

上の引用のいくつかの語に私がなぜ下線を付したかについては、ウラジーミル・ナボコフの『ニコライ・ゴーゴリ』をぜひ読んでもらいたい。

「ゴーゴリの中篇を創造的な眼で読む読者は、一見何の他意もなさそうななさそうな描写箇所のそこかしこに、あれこれの言葉――時としてほんの一語の副詞ないし前置詞、たとえば「でさえ」とか「殆ど」といった語――が挿入されている結果、無害な文が絢爛たる悪夢の火花を散らしているのを発見する。(・・・)曲がり角の向こうにいつでもなにか滑稽な、それでいて星のようにきらめくなにかが潜んでいるという感じを抱かせ、人は事物のコミックな側面とコスミックな側面の相違は、一つの歯擦音のあるなしにすぎないことを今更のように思っては楽しむのである。」

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著者:ウラジーミル ナボコフ
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