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2009年10月 1日 (木)

チェーホフの風景 その1

図書館で『チェーホフの風景』という大冊の美しい写真集を見つけて借りてきた。重さが5キロほどもありそうで、今の私の体力では帰り道が結構つらいかなと思ったが、勇を鼓して借りた。しかし、自宅の机の上にどっかと置いてページを繰り、チェーホフ自身や家族・友人たちの肖像写真、作家が生まれた町、暮らした土地、旅した風景を飽かず眺めているうちに、チェーホフの小説世界の住人になったような気がした。

この澄み切った深いまなざしを持つ作家チェーホフは、1860年に黒海沿岸の鄙びた小都市タガンローグで生まれた。1875年ごろのタガンローグを撮った一枚が心に残った。100段にも及ぶ広くて高い石の階段が、まっすぐに上にのびている。その先は空。両側に枯木立が並んでいる。いろんな職業のいろんな装束をした人々が階段を上り下りしている。途中で一息ついている人、石の手すりに腰を下ろしている人、階段の途中で立ち止まって話し込んでいる男女もいる。まるでチェーホフの小説世界だと思った。

チェーホフは、1904年7月2日ドイツの保養地バーデンワイラーで肺結核のために亡くなった。44歳だった。亡くなる半月前の6月16日に妹マーシャに宛てて、こんな手紙を書いている。

「愛するマーシャ、(・・・)健康は回復しつつあります。歩いても、もう自分が病気だとは感じられない。ちゃんと歩いています。喘息も少なくなった。どこも痛くない。ただ病後のやつれがひどく残っていて、足はかつてないほど細くなっている。(・・・)朝7時にベッドでお茶を飲む。(・・・)8時になってどんぐりのココアを飲み、それと一緒にとてつもない量のバターを食べなくてはならない。10時には濾過したオートミールの重湯を飲む。ものすごくおいしくて、薫りがいい。(・・・)日光を浴びながら、新鮮な空気を吸い、新聞を読む。1時に昼食。(・・・)4時にふたたびココア。7時に夕食。就寝前に一杯の苺ティー。――これはよく眠れるように。すべてにひどくいんちき療法の匂いがします。(・・・)イタリアがひどく恋しい。」

自分の死期を知りつつ、妹マーシャへのいたわりに満ちた文面。ユーモアと滑稽と悲しみと生への執着が、手紙の切れ端にも美しく織り合わされている。上の手紙の1月前、妻のオリガ・クニッペル宛てて書いている。

「人生とは何ぞや、と君は尋ねる。それは人参とは何ぞや、と尋ねるようなもの。人参は人参です。それ以上のことは言えない。」

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