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2009年9月10日 (木)

ピカソとドストイェフスキー

私が在職中、研究室の壁に20年ばかりも掛けていたのが、ピカソ「青の時代」の『アルルカン(道化)の家族』を描いた水彩画(複製)である。貧しいアルルカンの夫婦なのであろう。病弱そうな妻が、アルルカンの衣装のままの痩せた夫に、生まれて間もない赤ん坊を差し出している。赤ん坊を受け止めるアルルカンの手の表情が新しい家族を迎える歓びと、妻と子への愛といたわりを何より雄弁に語っている。画面全体の青い色調が貧しさゆえの憂愁を漂わせているが、アルルカンの衣裳のピンクの大きな水玉模様が希望を暗示している。青とピンクの澄んだ色彩の調和が美しい。

ドストイェフスキー『白痴』の中で、主人公のムイシュキン公爵が次のような言葉を語る。

「乳呑児をかかえたひとりの百姓女に出会った。それはまだ若い女で、赤ん坊も生まれてようやく六週間くらいみたいだった。すると、赤ん坊が母親に生まれてはじめて笑顔を見せたらしいんだ。(・・・)見てると、その百姓女はさも信心深かそうに十字を切るじゃないか。『おかみさん、どうしたんだね?』(・・・)『いえ、あなた、はじめて赤ちゃんの笑顔を見た母親の喜びっていうものは、罪びとが心の底からお祈りするのを天上からごらんになった神さまの喜びと、まったく同じことなんでして』(・・・)じつに深みのある、デリケートな、真に宗教的な思想じゃないか。(・・・) 宗教的感情の本質というものは、どんな論証にどんな過失や犯罪にも、どんな無神論にもあてはまるものじゃないんだ。そんなものには、何か見当ちがいなところがあるのさ。いや、永久に見当ちがいだろうよ。」

ピカソの『アルルカンの家族』は、ドストイェフスキー『白痴』理解のもっともよき手引きであるような気がする。

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