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2009年8月 6日 (木)

うつそみの人なる吾や

セミの抜殻を空蝉(うつせみ)という。樹上にいまたくさんの空蝉が残されている。現世の人を表した<うつせみ(現人、現身)>に、平安朝以降「空蝉」の字を当てたと辞書にある。

『万葉集』巻二に、大津皇子が継母持統天皇より朱鳥(あかみとり)元年十月三日死を賜って、葛城の二上山に葬られたとき、伊勢の斎宮(いつきのみや)から急ぎ戻った姉の大来皇女(おおくのひめみこ)が詠った歌に

 うつそみの人なる吾や 明日よりは二上山(ふたかみやま)を 弟背(いろせ)と吾が見む

がある。この歌を読むと、この世に生きながらえている大来皇女をさながら魂を失った「空蝉」のようだと感じる。平安朝の歌人たちも同じ心持ちがしたのだろう。

二上山の落日を見たいと思う。

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