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2009年8月 3日 (月)

贋・久坂葉子伝

富士正晴『贋・久坂葉子伝』を繰り返し読んだ一時期があった。小説のテンションの高さ、ビシッビシッと膚に食い込んでくる鞭打たれるような熱い感触が快かった。まだ青春の残り香に包まれていた三十年以上も前のことだ。

芥川賞の候補にもなった作家久坂葉子と彼女を取り巻く『ヴァイキング』同人、阪神間文化人(演劇人)の交流の悲喜劇、というより久坂にとことん翻弄される男たちの姿を描いている。(久坂自身、自己の天才と気質に思いっきり弄(もてあそ)ばれ、つんのめるようにして死の淵に飛び込んだ。)富士正晴(小説の中では木ノ花咲哉)は、「一つの病いみたいものである」久坂が「掌中(しょうちゅうの玉」のようにいとおしくてならなかったのだ。

 「パチンコ玉というものはいずれは最後に暗い奈落の底へくぐって行かんならん運命にありますが、そのためには沢山な釘に頭をぶつけて、ぴんぴんとはずみながら落ちて行かんなりません。(・・・)先生(木ノ花咲哉)がパチンコ玉に久坂葉子の幻影をかんじてはるな、と私が思ったとき、あのとき、先生は泣いてはったのとちがいますか。」

久坂が「青白き大佐」と呼ぶ<香料商人>田村と<演劇青年>(「鉄路のほとり」)御津村(みつむら)との間を、一方から他方へ、また他方から一方へと揺れ、ピンピンと弾(はず)み続けた。人生の釘と文学の釘に頭をぶつけ続けるように。

久坂が1953年大晦日の夜特急電車に飛び込んだ阪急六甲駅を通るたびに、小説のなかの久坂の通夜の場面が私の脳裏に執拗に浮かんでくるのは、今も変わらない。

「青白き大佐」の弟にあたる人とかつて同じ職場に身を置いていた。ロマンス語系の言語学者だったが、楔形文字にも造詣が深くオリエント古代学の著作もある。とびっきりの変人として富士正晴の著作に時おり登場する。「青白き大佐はお兄さんだったのですね?」と訊いたら、「そうなんですよ」とはにかみながら頷(うなづ)かれた。

贋・久坂葉子伝 (講談社文芸文庫)

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