« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月28日 (金)

ます

娘と息子がまだ小学生のころ、夏休みに信州の開田高原でマス釣りをした。(渓流を堰きとめた生簀でだが)。息子と娘はマスと岩魚を釣り上げて、私はゼロ匹。私は、釣り上げた魚を釣り針から外す家庭サーヴィスに徹した。釣り上げた川魚は、その場で焼いてくれる。釣り上げた本人たちはさぞ美味かったことだろう。(ちなみに、35年前西ベルリンのホテル・ケンピンスキーで食したマスのムニエルの美味かったこと!)

マスは敏感な川魚で人影が近づくと、銀鱗一閃、目にも止まらぬすばやさで姿をかき消す。渓流のマスのみごとな動き・身ごなしはまことにシューベルトのピアノ五重奏曲そのままであるとそのとき思った。

ところで、シューベルト『ピアノ五重奏曲 ます』の極めつきはルドルフ・ゼルキン(1903-1991)のものだと思っている。1967年の演奏だが、演奏のの若々しさとは、演奏者の年齢とは無関係であることを見事に証す名盤である。

シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」+即興曲

2009年8月26日 (水)

モンドリアンの恐怖

毎週火曜日インターフェロンの注射を受けると、その日と翌日は微熱が続いて、床についても頭の芯が奇妙に尖って眠れない。尖った頭の芯を巡って怖ろしい妄想がくり返しくり返し近づいて来て、まるで翼が生えているかのようにくるくる飛び回って、そして明け方になる。もう一年来、そのくり返しだ。

昨晩はモンドリアンの絵に追いかけられた。また来たと思うと、鳥肌が立った。どうしてまた、モンドリアンがと思う。

ここしばらくドストイェフスキー『白痴』を読んでいる。モンスターたちが狂ったようにしゃべり、笑い、怒り、とどまるところを知らない。щ公爵(щはキリル文字のシチャー)という影のうすい人物が出てくる。夢の中に登場したモンドリアンの「黒、赤、灰色、黄色、青のコンポジション」は、じつはシチャー公爵なのだと私は夢の中で思い込んでしまった。モンドリアンのコンポジションの姿をしたシチャー公爵ががどうしてこんなに怖ろしいのか。『白痴』を読んでいると、作家に同化して私の頭まで高熱を発しているかのようだ。

コンポジションA:黒、赤、灰色、黄、青のコンポジション

『地獄の黙示録』と『闇の奥』

フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979)を(何度目になるだろうか)また見た。ベトナム戦争<を>圧倒的な迫力で描いた作品であるというまっとうな批評は、<にもかかわらず>ほとんど的外れかもしれないという気がした。史実としての「ベトナム戦争」が描かれているのではない。そこにあるのは、戦争というかたちを取った「人間の狂気」であり、この映画の製作に関わったスタッフの狂気に近い<映画的振舞い>である。

コッポラの『ゴッドファーザー』3部作もしかり。デーモン(悪霊)に取り憑かれることなしに、こんな映画を作ることは出来ない。しかしデーモンなくして、どこに映画があるのかと思わないわけでもない。

『地獄の黙示録』はジョセフ・コンラッド(1857-1924)の『闇の奥( Heart ob Darkness)』を原作としている。コンラッドもまたデーモンに取り憑かれた人間を描きつづけた作家だ。象牙商人としてコンゴの奥地に滞在するクルツを訪ねることになった船乗りマーロウは、コンゴ河をはるかに遡った密林の奥地で、死と恐怖によって原住民を支配しているクルツを見た。すでに病重篤なクルツは、マーロウの腕の中で、「地獄だ。地獄だ」とつぶやきながら息絶える。

「闇の奥」とは、コンゴ原生林の奥深い闇であると同時に、人間の心の闇、人間を駆り立てている文明の闇であろう。『地獄の黙示録』のコッポラを突き動かしているのもまた、同じ人間の心の闇なのである。

 地獄の黙示録/Apocalypse Now (Redux) - Soundtrack

2009年8月25日 (火)

ベルリン 天使の笑顔

ベルリン国際陸上の女子マラソンでの尾崎好美選手の走りはじつにみごとだった。マラソン競技は何よりも<自己との戦い>であることを、ゴール後のさわやかな笑顔が語っていた。

尾崎選手の走りとともに、ベルリン中心部の新しくなった景観を二日間にわたって存分に楽しませてもらった。

ベルリンには2度、1976年1月と1995年8月に訪れた。

1度目のときは壁崩壊以前で、真冬のせいもあってベルリンの町全体が西も東も灰色の憂愁に包まれていた。冷戦の緊張感を、気だるい表情の下に押し隠していたのであろう。ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン天使の詩』(1987)が当時のベルリンの雰囲気を伝えている。(『ベルリン 天使の詩』には、新しい時代の胎動が遠い海鳴りのように響いているが・・・)

それから10年後の1995年の夏、ベルリンはクレーンが林立し、町全体が工事現場のように埃っぽかった。国会議事堂は工事用のテントですっぽりと覆われていた。

マラソンの中継で見たベルリンの今は、過去の滓(おり)をきれいさっぱりと洗い流したかのように清潔で、眩しく輝いていた。ウンターデンリンデン、ティーアガルテンの木々の緑も、人々の笑顔も。しかし、ベルリンの<匂い>がしないように思ったのは気のせいだろうか。

ベルリンが再びベルリンの匂いを取り戻すまでには、世紀単位の時間を要することだろう。ベルリンの<自分との戦い>はまだ始まったばかりだ。急ぐことも焦ることもない。尾崎選手の走りと笑顔を見て、そう思った。

ベルリン・天使の詩 デジタルニューマスター版 [DVD]

2009年8月23日 (日)

水の精 オフェーリア

非業の死を遂げた父王の復讐を誓って狂気を装う王子ハムレット。王子の心意を測りかね苦悩から絶望へと追い込まれてゆくオフェーリア。父ポローニアスを愛するハムレットの剣で殺されたオフェーリアは狂死する。

 「柳の木が一本川の上に横にのび出て、その裏白(うらじろ)を水鏡にうつしているところへ、あの子が来ました。きんぽうげ、いらくさ、ひなぎく、はしたない羊飼どもが下卑た名で呼びますが、清い乙女らは『死人の指』と呼んでいる紫の花(紫蘭のこと)などから作った花環を手に持って来ました。そして、その花かずらを垂れさがった枝にかけようと、柳の木によじのぼれば、枝はつれなくも折れて、花環もろとも川の中にどーっと落ち、もすそは大きくひろがりました。それで暫くは人魚のように水の上に浮いてその間、自分の溺れるのも知らぬげに、水に住み水の性と合っているもののように、しきりに端唄(はうた)を口ずさんでいましたとやら。でも、そのうち、着物は水を飲んで重くなり、可哀そうに、美しい調べの声が止んだと思うと、あの子も川底に沈んでしまい、無残な死を遂げました。」(『ハムレット』市川三喜、松浦嘉一訳 第4幕 第7場)

「人魚のように」「水に住み水の性に合っているもの」としてのオフェーリアは、水辺の可憐な花のように、水から生まれ水へと帰ってゆくのである。よく知られたジョン・エヴァレット・ミレーの絵には、さまざまな水辺の美しい花たちが描きこまれ、オフェーリアの帰郷を寿(ことほ)いでいるかに見える。

アルベニスの『パバーナ・カプリーチョ』を聴いていると、せせらぎのさざめきと、草花のおしゃべりと、生のしがらみから解き放たれてゆくオフェーリアのあどけない歌声が響いてくるかのようである。

2009年8月16日 (日)

シロサギ

自宅マンションのベランダにのぞむ梨谷池の岸辺の高木(ブナ、クヌギ、コナラ、ポプラなど)にシロサギ(鳥類図鑑で調べるとダイサギと呼ばれる種類か?)が群をつくって暮らしている。一日中とまっているわけではないが、夕方になると木々にたくさんの白い花が咲いたように見える。池に棲む虫やカエル、あるいはフナなどの魚(?)を餌にしているのだろうか。

私の住む少路地区は再開発が進む以前、野生の動植物の宝庫だったが、いま野生の自然はほんの名残り程度。そんななかシロサギの姿を見るとホッとさせられる。

とは言え、梨谷池は現在農業用水地としては使われていないらしく、池水の循環が滞って過度の富栄養化が進んでいるように見える。放置しておくと、酸素不足で水中の生物が死滅するときが来るのではないかと危惧している。

Photo

2009年8月15日 (土)

川の花火を山から見る

自宅マンションのベランダから淀川の花火を見て以来、もう少し近くから花火を見たくなり、今日は猪名川花火大会に家族で出かけた。池田駅を下りると、南に押し流されてゆく人波とは逆に、駅北の閑散とした商店街を抜けて五月山に向かった。五月山中腹の公園の滑り台に腰を下ろして、1500メートルばかり離れた場所から花火を楽しんだ。花火の醍醐味は、夜空を彩る華麗な火模様だけではなく、下腹に響く炸裂音、光と音と、そして不意に訪れる夜の闇の沈黙の「間」であり、それらの絶妙な交替にあることをあらためて感じたのだった。

Photo_2

2009年8月13日 (木)

長谷川幸延 『大阪歳時記』

図書館でチラッと覗いた長谷川幸延の『大阪歳時記』に、思わず「これだ!」と膝を打った。大阪についての「目から鱗」の薀蓄(うんちく)が絶妙な語り口で自在に語られている。幸延は舞台脚本家。<西鶴の衣鉢を継ぐ>とまで言っていいのかどうかはわからないが、浪花の戯作者といったところか。明治37年(1904)、大阪曽根崎に生まれ、祖父母の手で育てられたとある。明治、大正、昭和前期というと、大阪にまだ古い習俗が残っていた時代である。

『大阪歳時記』の奥附を見ると昭和46年3月1日第1刷とある。西暦1971年は大阪万博の翌年で、日本が高度成長にひた走っていた時代である。急速に失われてゆく浪花の風情に対する愛惜が随所に感じられて、大阪を愛するものには興趣尽きない書物である。

8月の歳時記として「大阪の夏の夜の景物詩の一つ」である「夜店」が挙げられている。そう言えば、昭和20年代には、豊中駅前の西口広場(広場は今は第3セクターの意味不明のビルに変わっている)にも毎月夜店が立ったように記憶している。

裸電球のにぶい光の下に並んでいたのは「万華鏡や回り灯籠、綿がしん(電気アメ)、蟹の梯子のぼり、べっ甲飴、別製アイスクリン(クリームに非ず)、も一つまけとけトコトン飴、竹の足のついた動く影絵、樟脳の放射で水の上を走る舟、水中花」などと幸延は書いている。何が何だかよくは分からないが、まるでワンダーランドではないか。

幸延は小学校の3,4年のころ新学期の教科書をぜんぶ夜店の古本でそろえたことがある。「受け持ちの先生が『ほう。これぜんぶ夜店でか?立派なもんや」と笑って肩をたたいてくれた。が、祖母はちょっと涙ぐんで『そない、しまつせんでもええのんに・・・・』といったが、祖父にはそっと『あの子、大きなったら、お金のこしまっせ・・・・』」

最近古書で入手したが、もっと広く知られていい本だ。表紙絵は夜店の情景か。

Photo

朝がお

寅さんのマドンナの中に「朝がお」という少女はいなかったかしら?いたような気がするが、家族はいないという。朝の笑顔がすてきな少女だったはずだ。今朝、ベランダで「朝がお」さんに出くわした。

小学生のころ夏休みになると、出欠カードを首にかけ朝露を踏みしめながらラジオ体操に出かけるのが好きだった。そのときの爽快な気分は、青い朝がおの記憶と結びついている。夜の冷気と青い闇を包み込んだ朝がおが、まだ眠い瞼にそっと触れてくると、体の芯の方で急に生命が鼓動し始めるような気がした。朝がおの「青」を何とかしてとどめておきたいと、摘んだ花を白いハンカチに塗りたくったことがあった。少年の初恋のようなものだ。

 朝がおや 一輪深き淵の色(蕪村)

Photo

2009年8月12日 (水)

『カビリアの夜』

フェリーニの『カビリアの夜』(1957)を観た。ローマの街頭に立つ娼婦カビリア(ジュリエッタ・マシーナ)の無垢な魂の遍歴を描いていて、心に深く沁み入る作品だった。カビリアの「無垢」は、「愚しさゆえの」無垢では断じてない。「無垢」であることを「愚かしさ」としてしか受け止められない世界が一方にあり、他方にはその惨めな世界を力いっぱい抱きしめるカビリアがいる。二枚目男優の豪邸に連れ込まれたカビリアは、歩くことを覚えたばかりの幼児のような不器用さで長い階段を上ってゆく。演じるジュリエッタ・マシーナは、生きることに不器用なカビリアををいじらしくも晴れやかに演じきって、その魂の水底に湛えられた愛と叡智の光をほのかに浮かび上がらせた。男に<またしても(2度目!)>身ぐるみ剥(は)がれたカビリアは、雨のローマの街頭に再び立った。マスカラが雨に溶け、まなじりに黒い大粒の涙が垂れている。しかし、カビリアはかすかに微笑んでいる。

 「水底に うつそみの面わ 沈透(しず)き見ゆ 来ぬ世もわれの寂しくあらぬ」(釈迢空)

カビリアの夜(DVD)

2009年8月 9日 (日)

花火

昨晩、ドーンドーンと連続する炸裂音を耳にしてベランダに出ると、南の遠い空に打ち上げ花火が見えた。「なにわ淀川花火大会」とのことだった。カメラを向けたが、何といっても遠い。打ち上げ花火の巨大な火の玉をまじかに首が痛くなるほど真上に見あげたのは、いつのことだったか。花火と人込みの火照りを楽しめるのは、若さの特権かもしれない。

打ち上げ花火には、うちわ片手の若い女性の浴衣姿がよく似合う。夏の夜空を一瞬あざやかに彩ってたちまち闇に消えてゆく花火だが、花火に託する思いはひとさまざまだろう。

私は、アンジェイ・ワイダ監督の『灰とダイヤモンド』(1956)で見た花火が忘れられない。映画は、第2次大戦直後のワルシャワで党幹部シチューカを暗殺する若きテロリスト・マーチェック(チブルスキー)の鮮烈な生と死を描いていた。銃弾を受け倒れ込むシチューカの背後で、対独戦の勝利を祝う花火が次々と打ち上げられる。花火が消えてゆくと、夜の闇はいっそう深い。マーチェックの生そのものが、花火だった。 

写真は自宅マンションのベランダから望遠で撮った。

Photo

2009年8月 7日 (金)

竹取物語

『竹取物語』のかぐや姫の昇天の場面は、何度読んでも涙を誘われる。

 「八月十五日ばかりの月に出で居て、かぐや姫いといたく泣き給ふ。人目も、いまは、つつみ給はず泣き給ふ。(・・・)『をのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。(・・・)いまは帰るべきになりければ、この月の十五日に、かのもとの国より、人々迎えにまうで来んず。』」

 「かかる程に、宵うち過ぎて、子(ね)の時ばかりに、家のあたり昼の明(あか)さにも過ぎて光りわたり、(・・・)大空より人、雲に乗りて下り来て、(・・・)立ち列(つら)ねたり。」

 「かぐや姫言ふ、『ここにも心にもあらでかく罷(まか)るに、昇らんをだに見おくり給へ』(私も心にもなくこうしてまいりますのに、せめて天に昇るのだけでもお見送り下さい)(・・・)うち泣きて書く言葉は、『脱ぎをく衣(きぬ)を形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ(月の方を見上げて下さい)。見捨てたてまつりてまかる。空よりも落ちぬべき心地する』と書きをく。」

いつくしみいつくしみ育てた子を空へ帰す竹取の翁と媼(おうな)の心はいかばかりか。長女を処女(おとめ)のままに喪った五島美代子の歌を想う。

 「吾に来し一つの生命まもりあへず空(くう)にかへしぬ 許さるべしや」(五島美代子)

 「うつそ身は母たるべくも生(あ)れ来しを をとめながらに逝(ゆ)かしめにけり」(同)

『竹取物語』に取材した手塚治虫作品に、月へと帰る宇宙船から地球上に身を投げるかぐや姫を描いたものがあった。40年以上にわたって探し続けているが、まだ再会していない。かぐや姫が墜ちてゆく地上の空漠たる風景が彼女の悲しみを語って、忘れがたい。

ヒメアカタテハの午睡(おひるね)

羽鷹池のほとりでヒメアカタテハを見かけた午後、家に戻ってウトウトまどろみながら考えたのは、荘子の「胡蝶の夢」。

 「むかし荘周(周は荘子の名)、夢に胡蝶となれり。栩栩然(くくぜん:ひらひらと)と舞いて胡蝶なり。自ら楽しみて心に適えるかな。周たるを知らざるなり。にわかにして覚むれば、蘧蘧然(きょきょぜん:まぎれもなく)として周なり。周の夢に胡蝶となれるか、胡蝶の夢に周となれるかをしらず。」

福永光司先生は注解に「夢見れば胡蝶としてひらひら舞い、馬となれば高く嘶(いなな)き、魚となれば深くもぐり、死者となれば墓場に静かに横たわればよいではないか。(・・・)夢と現実の混淆のなかで、生きたる混沌としての道(タオ)を、生きたる混沌として楽しもうというのである」と書かれている。

人の霊魂の蝶への「輪廻転生」説は、その起源がどこにあるかは別にして、広く世界各地に遍在している。そして、今も生き生きと人々の心を支配している。

キュブラー・ロスの『死の瞬間』(正・続・新)は、霊魂の不死を語って慰めに満ちた書物だが、死にゆく子どもたちとの対話を通してロスは、子どもたちの多くが自分の魂はいま蝶になってこの世界を飛び立ってゆこうとしているのだと信じていることに驚いたと述べている。古代ギリシア人は、人間の霊魂はひとつの生命からほかの生命に移るとき飛ぶ虫の姿を借りると考えていた。「生の縛(いまし)め」が解かれようとするとき、人には<未生以前の記憶>が甦るのであろうか。

Photo_2

2009年8月 6日 (木)

ヒマワリ

ヒマワリは陽気な<オトボケ花>である。憎めない奴だ。ヒマワリにも、悲しい時があるのだろうか。

ヴィットリオ・デ・シーカ監督『ひまわり』(1970)は、戦地からの夫(マストロヤンニ)の帰りを待ち続け、シベリアにまで赴いた妻(ソフィア・ローレン)の悲しみを、地平線のはてまで続くひまわり畑の風景に託した。ヒマワリにも悲しみの時はあるのだ。とはいえ、その悲しみには鬱屈がない。

 垣根ごしに ヒマワリと挨拶交わす散歩道(路塵)

 ヒマワリと にらめっこする日焼け顔(路塵)

Photo_5

赤とんぼは 鉄棒選手?

今日8月6日午後、羽鷹池をぐるりとひとめぐりした。赤とんぼ(アキアカネ)が群れ飛んでいた。今年は秋の訪れが早いのかも。

イノコログサの葉にとまっていた赤とんぼは、翅(はね)を水平に広げて垂直にぶらさがっていた。鉄棒選手みたいだと思った。

Photo_4

ボケとツッコミ 勝ったのやら負けたのやら

大阪人の<ボケとツッコミ>は、おそらく商売の世界が生み出したものだろう。売り手と買い手の対等な関係においてお互いに的確に<間合い>を測ること、それが商取引の基本だからだ。そこには<上から目線>も<下から目線>もない。

「なんぼなんでも高すぎやがな。べんきょうしといてや」「そんなん儲けありまへんが。ほんま、かなんな。ほな、気持ちだけ負けさしてもらいますわ」。どっちが勝ったのやら負けたのやら、それを「言わぬが花」の大阪文化なのである。

しかし、<ボケとツッコミ>は必ずしも商売の世界にかぎらない。<もの>であれ<こと>であれ、ひとが共同で行うすべての生産・制作活動に<ボケとツッコミ>の役割分担は不可欠のものだろう。

鍛冶場で師と弟子とが向かい合って同じ鉄床(かなどこ)に交互に鎚(つち)を振り下ろすことを「相鎚(あいづち)」という。<気(呼吸)>がぴったりと合った相鎚から、はじめてすぐれた作品が生み出される。餅つきの<つき>と<返し>も同様だ。大切なことは、<相鎚>にしろ<つきと返し>にしろ、決して機械的なリズムを刻んではいないことである。相方の<気>の変化を全身で受け止めてそれに寄り添おうとすると、そこに絶妙の<間>、時計では測れない<生命(生活)のリズム>が生まれてくるのである。

牧村史陽編『大阪ことば事典』(昭和54年刊 講談社学芸文庫)は、大阪人の生活と心を描いてこんなに楽しい事典はない。広くて深い。「上方絵の第一人者四世長谷川貞信」のさし絵が、これまた見飽きることがない。

 仰山(ギョォサン)に言(ゆ)うて 指先ふれただけ(文女)

大阪ことば事典 (講談社学術文庫 (658))

耳かき小町

「耳かき小町」の<物語>は哀しい。「膝枕で耳かき」のサーヴィスを提供して日銭を稼ぐ。「耳かき小町」と評判のサーヴィス嬢のもとに1年間も通いつめて、日に7~8時間も膝枕、月々40万も蕩尽(とうじん)し、果ては店から出入り禁止の仕打ちを受け、思いつめてか逆恨みか女性とその祖母に向かって凶行に及んだ男の物語である。

誰しも、幼いころ母親の膝枕で耳かきをしてもらった「至福の時」の記憶があるはずだ。濃密な母親の匂いにひたされて、幼な子は自分のすべてを母親に委ね切っている。「耳かき小町」さんは、母親の記憶と重なって吉祥天女のように感じられたことだろう。女と男の間に広がる「牧歌的風景」と、二人が抱えた寒々しい魂の荒涼。そのあまりにも大きな落差が、哀しい。

「耳かき」に映し出される「人間のやさしさの原風景」を狙いすましてためらいなく引鉄(ひきがね)を引く。そんな業種を考案した者をわたしは憎む。

Photo_2

うつそみの人なる吾や

セミの抜殻を空蝉(うつせみ)という。樹上にいまたくさんの空蝉が残されている。現世の人を表した<うつせみ(現人、現身)>に、平安朝以降「空蝉」の字を当てたと辞書にある。

『万葉集』巻二に、大津皇子が継母持統天皇より朱鳥(あかみとり)元年十月三日死を賜って、葛城の二上山に葬られたとき、伊勢の斎宮(いつきのみや)から急ぎ戻った姉の大来皇女(おおくのひめみこ)が詠った歌に

 うつそみの人なる吾や 明日よりは二上山(ふたかみやま)を 弟背(いろせ)と吾が見む

がある。この歌を読むと、この世に生きながらえている大来皇女をさながら魂を失った「空蝉」のようだと感じる。平安朝の歌人たちも同じ心持ちがしたのだろう。

二上山の落日を見たいと思う。

Photo

2009年8月 5日 (水)

眠り姫、または雨知草

この暑さ。さすがのベランダー(ベランダ園芸家)も草花の世話に身が入らない。夕方の水遣りにも、腰が重い。ところが鉢植えのオジギソウ、ふと気がつくとピンクの可憐な花を咲かせていた。地味で内気な植物だが、このごろのわたしの<邪険なあしらい>にさりげなく<報いて>見せた。<心意気>を示したというところか。

オジギソウ、または眠り草は、学名はmimosa pudica。mimosa(ミモーサ)はラテン語のmimus(模倣)から来ている。pudicaは「内気な」の意。オジギソウの複葉は、かすかな刺激に反応して葉を閉じてしまう。ひとつの葉が閉じれば、それをまねて次々とすべての葉が閉じる。ギリシア神話では、森の無頼神パーンに追いかけられて窮した乙女ケフィーサの化身とされ、英語ではSensitive Plant(含羞草)と呼ばれる。雨の訪れを感じると、昼間でも葉を閉じてしまうらしい。わたしとしては眠り姫、または雨知草(あめしるくさ)という名を贈りたい。

ちなみに、わたしたちが<ミモザ>と呼びならわしている潅木の花、春を告げる房咲きの黄花はギンヨウアカシアが本名だとか。

Mimosa

原爆忌と夾竹桃

長かった梅雨もようやく開け、昨日・今日は炎暑。百日紅(サルスベリ)、凌霄花(ノウゼンカズラ)、槿(ムクゲ)とともに、日本の真夏を彩る花のひとつが夾竹桃である。暗い緑の葉群(はむら)を背に濃いピンク、白、黄色の花が、真夏の陽ざしに怯(ひる)まず咲き誇っている。夾竹桃には、まぶしく輝く入道雲が似合う。

明日は広島原爆忌。夾竹桃は原爆の焦土に最初に芽ぶいた花樹だと聞いた。

グローバリズムと情報革命の名のもとに<市場原理主義>がやってのけた焦土作戦は、人心のただならぬ荒廃をもたらした。誰もが今や<内なる焦土>を前に途方に暮れて佇んでいるかに見える。原爆の熱線に焼かれた多くの人々の<無念>を思い、その魂のために<祈ること>が今ほど求められている時はない。

Photo

2009年8月 3日 (月)

贋・久坂葉子伝

富士正晴『贋・久坂葉子伝』を繰り返し読んだ一時期があった。小説のテンションの高さ、ビシッビシッと膚に食い込んでくる鞭打たれるような熱い感触が快かった。まだ青春の残り香に包まれていた三十年以上も前のことだ。

芥川賞の候補にもなった作家久坂葉子と彼女を取り巻く『ヴァイキング』同人、阪神間文化人(演劇人)の交流の悲喜劇、というより久坂にとことん翻弄される男たちの姿を描いている。(久坂自身、自己の天才と気質に思いっきり弄(もてあそ)ばれ、つんのめるようにして死の淵に飛び込んだ。)富士正晴(小説の中では木ノ花咲哉)は、「一つの病いみたいものである」久坂が「掌中(しょうちゅうの玉」のようにいとおしくてならなかったのだ。

 「パチンコ玉というものはいずれは最後に暗い奈落の底へくぐって行かんならん運命にありますが、そのためには沢山な釘に頭をぶつけて、ぴんぴんとはずみながら落ちて行かんなりません。(・・・)先生(木ノ花咲哉)がパチンコ玉に久坂葉子の幻影をかんじてはるな、と私が思ったとき、あのとき、先生は泣いてはったのとちがいますか。」

久坂が「青白き大佐」と呼ぶ<香料商人>田村と<演劇青年>(「鉄路のほとり」)御津村(みつむら)との間を、一方から他方へ、また他方から一方へと揺れ、ピンピンと弾(はず)み続けた。人生の釘と文学の釘に頭をぶつけ続けるように。

久坂が1953年大晦日の夜特急電車に飛び込んだ阪急六甲駅を通るたびに、小説のなかの久坂の通夜の場面が私の脳裏に執拗に浮かんでくるのは、今も変わらない。

「青白き大佐」の弟にあたる人とかつて同じ職場に身を置いていた。ロマンス語系の言語学者だったが、楔形文字にも造詣が深くオリエント古代学の著作もある。とびっきりの変人として富士正晴の著作に時おり登場する。「青白き大佐はお兄さんだったのですね?」と訊いたら、「そうなんですよ」とはにかみながら頷(うなづ)かれた。

贋・久坂葉子伝 (講談社文芸文庫)

サルスベリ(百日紅)

紫薇花、百日紅と書いて「サルスベリ」。灰褐色の樹皮が滑らかで、「猿も木から落ちる」というので「サルスベリ」。「猿滑」と記したものは、私が知るかぎり辞書・事典に限られるから、その表記は一般には流通していないらしい。「猿に花」では相性が悪いのかしらん?猿に失礼な話だ。サルスベリは江戸時代に中国南部から渡来したらしく、今となっては日本の代表的な「夏の花」として親しまれている。枝はしなやかで強靭(つよ)い。大樹になると枝ぶりがまたみごとで、つい登りたくなる。子どものころ、遊び相手にはもってこいの樹(友樹?)だった。しかし、そのサルスベリから滑り落ちた子はまだ見たことがない。

さまざまな花色のサルスベリはそれぞれに趣きがあって見あきない。しかし、わたしがいちばん好きなのは白い花だ。夏の明るい日ざしのなかでそのすがすがしい白さが際立つのは、サルスベリの白が<朱>を含んでいるからではないかと思っている。

Photo_3 Photo_4 

ヒロヘリアオイガラ

今日は、虫ぎらいの人ならまちがいなく鳥肌立つような写真でごめんなさい。マンションの階段をとことこ下りてゆく途中、3階の踊り場から傍のケヤキを見ると、「ムム、ムッ?!」。見つけてしまったのです。図鑑で調べるとヒロヘリアオイガラ(蛾の一種)の幼虫でした。鳥肌立ちしながら、しみじみ見てしまって、やおら撮影。恐怖と戦慄の美しさでした。わが家の青年は、もう二度とわたしのブログを<自分からは>の覗かないでしょう。

Photo

2009年8月 2日 (日)

魂の川

ブラジルの監督ウォルター・サレスの『ビハインド・ザ・サン』はブラジルの荒涼たる砂漠を舞台に、土地の所有をめぐり幾世代にもわたって死闘を続けるふたつの家族の(ほとんど神話的といっていい)悲劇を描いている。そこでは、土地と名誉は死を以て護られなければならない。それが掟であり運命なのだ。通りがかった旅廻りのサーカス芸人の男と少女が、<坊や>(10歳くらいだが彼には名がない。ただ「坊や」とだけ呼ばれている)に訊く。「坊や、どこに住んでいるの?」「魂の川だよ。」「川なんかないじゃない。」「水が干上がったから、今は魂しかいないんだよ。」男はパクー(川魚)という名をくれた。少女は人魚の絵本をくれた。文字の読めないパクーは、美しい絵を見ながら人魚の物語を紡(つむ)ぎつづけるのだった。

 Movie/ビハインド ザ サン

2009年8月 1日 (土)

呉越同舟

7月末日、やっと梅雨が明けたらしい。早朝からのさかんな蝉しぐれ。先日、関西でのクマゼミの覇権を報告したが、マンションの欅にクマゼミとアブラゼミが仲良く向き合って鳴いていた。それにしてもアブラゼミさん、ちょっと引き気味?

Photo 

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ