« はるかかなたは 相馬の空か | トップページ | 小学校 炎上す »

2009年7月16日 (木)

『あっ トンカチ先生歩いてはる』

越野誠一郎先生は私が桜井谷小学校5年、6年のときの担任である。克明小学校の校長を最後に退職、その後は趣味の木彫や書や合唱を楽しんでおられた。5年ほど前、70歳代の半ばに交通事故で亡くなられた。先生は千里園にお住いだった。健康維持のために近くをサイクリングされていたとき、トラックと衝突されたのだった。

私は勤務先の大学まで自転車で通っていたので、よく先生とお会いした。私の研究室に、丹波屋の<おはぎ>など持って立ち寄ってくださり、二人で「うまいな」と言いながら食べたことも何度かあった。先生の回想録『あっ トンカチ先生歩いてはる』(平成元年)が書棚の隅から出てきたので、ついつい読みふけってしまった。

その本に「冒険サイクリング」という表題で、私が友人のM君、T君と3人で出かけたサイクリングの顛末が書かれていた。6年生の10月、秋も深まってきた頃のこと。自転車を買ってもらったばかりのM君、T君に誘われて、京都までサイクリングしようということになった。私は自転車を持たなかったので、先生に計画を打ち明けて、「自転車借してください」と頼んだ。先生はずいぶん危惧されていたようだが、せっかくの夢をこわすのもかわいそうだと思われたのだろう、許してくださった。翌朝9時頃に出発、すでに茨木の安威川でお昼になった。弁当のあとふたたび京都に向かって走り出したが、ペダルを踏む足はすっかり重くなっていた。秋の日は釣瓶落としである。私たちは急に不安に捉えられて、高槻の手前でUターン。何かに追いかけられるように、半べそをかきながら帰路を急いだ。そのとき傾いた陽を背に西の方から近づいてくる先生のスクターが見えた。私たちの泣き笑い顔を見て、「よく、引き返してきたな」とほめて下さった。先生はその日一日中、地図と時計を見ながら過ごされていたのだった。 *下の写真は、先生が撮ってくださったもの。

Photo Photo_4

« はるかかなたは 相馬の空か | トップページ | 小学校 炎上す »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1221163/30569445

この記事へのトラックバック一覧です: 『あっ トンカチ先生歩いてはる』:

« はるかかなたは 相馬の空か | トップページ | 小学校 炎上す »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ