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2009年7月31日 (金)

木について(3) ヴァレリー『樹についての対話』

『岩波古語辞典』によれば「根(ね)」は「ナ(大地)」の転(音変化)であると書かれている。「根の国」とは「黄泉(よみ)の国」、「死者の赴く国」でもある。天空に亭々と聳え立つ樹木が、大地にどこまでも深く根を伸ばしていることを忘れてはならないだろう。

ヴァレリーの『樹についての対話』(哲人ルクレティウスと葦笛を吹く牧童ティティスの対話)は、豊かな叡智を湛(たた)えて美しい。

 ルクレティウス (樹々は)生き生きとした大河だ、そのかずかずの源は大地の暗い塊のなかに潜って、そこに彼らの神秘な渇(かつ)えの道を見出すのだ。(・・・)湿気に誘われて、ますます細くなり、かつて生きたあらゆるものを溶かし込んでいる重々しい闇夜を浸(ひた)す水の、ほんのわずかな潤いまでも呑みつくそうとして、細い髪のように乱れもつれてゆく。(・・・)死者と土竜(もぐら)と蛆虫(うじむし)の帝国のなかに、樹の作業は、奇異な地下の意志の力を差しいれるのだ。

 ティティス おお、ルクレティウスよ!・・・おことばを聞きながら私が何を想ったか、申しあげましょうか?千もの細い繊維の形で、活き活きとした実質を影のなかへと差し入れて、眠る大地のなかから液汁を汲みあげてゆく、あなたの油断ならぬ樹から、わたしの想い浮かべるのは・・・愛なのです。(・・・)<樹>と<愛>と、それらはふたつとも、知覚できぬほどの芽から生まれて大きくなり、強くなって、ひろがり、枝を張ってゆく。けれど、それは空のほうへと(あるいは幸福のほうへと)昇れば昇ってゆくだけ、<わたしたちがそれと知らずにそうであるところのもの>の暗い実質のなかへ降りてゆかねばなりません。そこ、暗闇のただなかに、私が<涙の泉>と名づけたもの、つまり<言語を絶したもの>が見出されるのです。

まことに二人の対話者は、陽ざしを受けた無数の言の<葉>が魂のなかでざわめく言葉の樹>と化しているかのようである。

エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話 (岩波文庫)

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