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2009年6月19日 (金)

踊る学僧たち

ずいぶん以前にテレビで見たのだが、チベット仏教の学僧たちがオレンジ色の僧衣を身にまとって大学の庭で踊りながら勉強し議論していた。向かい合った二人がステップを踏み、手を打ち鳴らしながらくるくる回っている。議論が白熱してくると、動きが激しくなる。不思議な光景だった。

ルソーが散歩しながら、スピノザがレンズを磨きながら、つまり身体を動かしながら思索したことよく知られている。身体と思索は切り離せないのである。しかるに、チベットの学僧は向かい合ってリズムを取りながら協同で思索を深めるのである。私はこの<すぐれた>風習を日本でも学校教育の現場に取り入れたらどうだろうと真剣に思う。

教室でそれをしたら、さぞ騒がしかろうから、運動場でも草原でもいい、外に出て大空の下でステップを踏み手を打ち鳴らして勉強し、議論するのはどうだろう。国語でも社会でも理科でも算数でもみなそうしたらいい。リズムは知性を統御すると同時に、リズムは感性と情念を解き放つ。窮屈な机と椅子に押し込められては、想像力の翼も自由に羽ばたくには、つらい。

話がいきなり飛んで恐縮だが、最近、ツバメの姿を見ることがグンと減った。そのかわりに、まるで一部の政治家か実業家のように大胆不敵で小賢しいガラスどもがのさばっている。「やったもの勝ち」の世界は真っ平ごめんである。若く美しいツバメたちよ、踊りながら学べ。

「紺の背広の初燕 / 地をするように飛びゆけり。(・・・)赤い襟飾、初燕 /  心も軽くまひ行けり」(杢太郎)

 

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