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2009年6月24日 (水)

やまもも

モノレール少路駅北側の街路樹は「やまもも」が多い。樹高はまだせいぜい二、三メートルだが、初夏のこの季節たわわに実をつけ、緑から黄色、黄色から赤、赤から赤紫へと熟してゆく。

「やまもも」というと、小学生のころ宮山の春日神社の森で「やまもも」を摘んだことを思い出す。五十数年前のことだ。宅地によって切り取られる以前、宮山の森はもっと広く深かった。薄暗い森にさまよい入ると、恐いくらいだった。今のようにフェンスで囲まれていなかったので、子どもが自由に立ち入ることができた。森の中央は窪地(くぼち)になっていて、折り重なった倒木や折れ枝のすきまに湧き水が少しだけ空を映していた。窪地の底に立つと周囲の傾斜地から、緑の闇が襲いかかってくるようだった。狸や野兎や狐、イタチも蛇もいた。夜になるとほーっ、ほーっというフクロウの不気味な声が遠くからでも聞こえた。

その森に三十メートルもあろうかという「やまもも」の大樹があった。上級生のガキ大将が木に登って、下で待っている私たちに「やまもも」の実を投げ落とした。ガキ大将以外、この木に登る「生意気」は許されていなかった。拾ったおびただしい実をどうしたのか。一つ二つかじってみて酸っぱくて顔をしかめたことだろう。家に持ち帰って、果実酒にしてくれジャムにしてくれなどという「贅沢な楽しみ」など「もってのほか」の貧しい時代だった。

いま、街路樹の「やまもも」がさかんに落果し、歩道を汚しているのを見ると、拾って帰って果実酒にしたいと思うが、公共のものだと思うとそうも行かない。「やまもも」を見るたびに、私は困ってしまう。

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