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2009年6月25日 (木)

「田園は文学に残った」か

三島由紀夫の『愛の渇き』は、終戦まもない昭和24年の豊中市米殿(めいでん)村(現在の旭丘、熊野町)を舞台にしている。三島24歳の作品である。夫を腸チフスで失った悦子が東京から米殿村の舅(しゅうと)のもとに身を寄せている。知的で都会的な虚無感の化身ともいうべき美貌の寡婦が、舅に身を任せながら、癒されない愛欲の渇きのままに園丁の三郎とも肉体関係を結び、はてに鍬(くわ)で三郎を撲殺する物語である。

豊中市を舞台にした文学作品というと、まず三島の『愛の渇き』である。それしかないと言った方がいいかもしれない。しかし、残念ながら『愛の渇き』の舞台が、どうしても豊中でなければならない必然性は作品からは感じられない。古い農村の急速な都市化による旧住民と新住民の意識の乖離は、当時の日本のいたるところで見られたはずだからだ。もちろん、その頃の大阪近郊の「ヌエ」的性格に悲劇の格好の素材を見て取った若き三島の才能には脱帽のほかないが。

ずいぶん以前にとある新聞で北摂文学探訪のようなシリーズがあって、『愛の渇き』を取り上げていた。そのときの見出しが「田園は文学に残った」であった。果たしてそうか。作品に描かれた田園風景は悦子の目を通して描かれたものである。現代人の虚無によって「脱田園化された」風景なのである。

「時折阪急電車の汽笛が響きわたって、夜の田園のおちこちにこだました。そんな時、電車は非常な速さで自分の巣へ帰ってゆく凶暴な鳴声の痩せたすらりとした夜の鳥数十羽を、いっせいに放鳥してすぎるように思われる。(・・・)その声におどろいて見上げると、きこえない遠雷の仄(ほの)めきが、夜空の一角に紺青を刷(は)いて消えるのもこの季節(9月・・・筆者)であった。」

まことに見事な描写であるが、田園はここでは、作中の悦子の「にせ日記」におけるように、痛ましくも抽象化されているのである。

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