« 『夜明け前』 第2部 | トップページ | マルベリー・ソース »

2009年6月12日 (金)

『夜明け前』 第1部

初夏、木曽路は新緑でむせ返っていることだろう。木曽福島、妻籠、馬籠と木曾路の宿駅をこれまで何度も訪ねてきたが、それはひとえにそこが藤村『夜明け前』の舞台だからだ。馬籠峠に立つと、南前方の左手に恵那山のおおらかな稜線が見える。

馬籠本陣を継ぐ青山半蔵の嫁として妻籠宿から嫁(か)してきたばかりのお民に姑のおまんはこんなふうに語りかける。「お民、来てごらん。今日は恵那山がよく見えますよ。妻籠の方はどうかねぇ。木曽川の音が聞こえるかぇ。(・・・)ここでは河の音は聞えない。そのかわり、恵那山の方で鳴る風の音が手に取るように聞こえますよ。」この言葉が、古代から変わることなく自然に育まれ自然とひとつになった木曽谷の人々の生活と心情をつつましく、しかし晴れやかに語りつくしている。

一方、制度と組織の硬直によって荒廃おおうべくもない幕藩体制は、浦賀沖への黒船出現によってその根太(ねだ)をはげしく揺すぶられ、開国と攘夷の間で国論が二分される危機を迎えていた。生来学問好きで夙(つと)に国学を学んだ半蔵は、国事への熱い志を抱きつつも実直な宿役人として務めに縛られ、鬱屈した思いを重ねている。時代の荒々しい奔流は、諸大名・幕府重役の頻繁な往来、皇女和宮の降嫁、水戸天狗党の残党の通過などの形で、木曾宿の人々の生活を弄(もてあそ)び苛(さいな)める。大政奉還がなり、「ええじゃないか」の狂乱が各地に広がって行く。半蔵は愛弟子の勝重に向かって、「ようやく。ようやく」と言って、「串魚に豆腐の汁、塩烏賊(しおいか)のおろしあえ、それに亭主の自慢な蕪(かぶ)と大根の切漬けぐらいで、友人とともに山家(やまが)の酒を酌(く)み交わ」すのである。そのとき、半蔵の胸に浮かんだ「一切は神の心であろうでござる」という篤胤(あつたね)の『静(しず)の岩屋』の言葉で『夜明け前 第1部』は結ばれる。 

夜明け前 第1部(上) (岩波文庫)

« 『夜明け前』 第2部 | トップページ | マルベリー・ソース »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1221163/30068776

この記事へのトラックバック一覧です: 『夜明け前』 第1部:

« 『夜明け前』 第2部 | トップページ | マルベリー・ソース »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ