« 内山龍雄先生のこと | トップページ | マリリンがお好き »

2009年6月 8日 (月)

老パルチザンを送る

敬愛していた叔父が先日86歳で亡くなった。54歳で肺ガンの手術を受けてから、次々と大病に見舞われたが、見事天寿をまっとうした。戦後、復員してすぐに共産党に入党し、山村工作隊として地下活動にも加わった。しばらくわが家に(つまり姉である私たちの母のもとに)身を寄せていた。私が小学生のころのことである。警察予備隊(自衛隊)の駐屯地の前でアジ演説をしビラを撒いたので、尾行がついているなどと言っていた。叔父はコミュニストだったが、イデオロギーの人ではまるでなかったと思う。根っからの楽天家、心優しい無類の人間好きであった。叔父のまわりには、いつも笑いが絶えなかった。誰からも愛された。

弔辞を述べた老人は何度も何度も繰り返し叔父の名を呼んだ。振りかえらず遠ざかってゆく叔父の背を追って、そのかたわらに立とうとしているかのように。そのときはじめて、<弔(とぶら)う>とは<訪(とぶら)う>こと、その人の<名を呼ぶ>ことだと思った。

N市市民合唱団での活動が長かった。合唱団の老いた仲間たちが白髪頭を昂然と上げ、「雄々(おお)しきますらお」のためにロシア民謡『ともしび』を歌った。パルチザンの歌である。

Photo_2

« 内山龍雄先生のこと | トップページ | マリリンがお好き »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1221163/29965301

この記事へのトラックバック一覧です: 老パルチザンを送る:

« 内山龍雄先生のこと | トップページ | マリリンがお好き »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

星座 (リンク集)

無料ブログはココログ