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2009年5月23日 (土)

「排除の論理」は願い下げ

新型インフルエンザをめぐるここ一ヶ月ばかりの世の中の動きを見ていると、またぞろ「排除の論理」が臆面もなく大手を振って闊歩している。「神戸・大阪」に出かけた生徒は1週間登校禁止にした自治体があった。「それは少し行きすぎではないか」との兵庫県知事に対して、その自治体首長は「自分のところで何が起こっているのかわかっているのか」と一喝した。「啖呵をきって」みせたのである。そこに見て取れるのは、権柄づくで居丈高な「排除の論理」である。登校禁止の措置は止むを得ないかも知れない。問題は、その言葉使いにほの見える「他者の痛みを思う」ことができない、想像力と思いやりの完全な欠如である。「居丈高な正論・正義」は、じつは「弱さ、うしろめたさ」の醜い厚化粧であることを、今一度確認しておこう。

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コメント

そろそろ新型の新型が現れるころでしょう。
ウイルスは進化が早いですからね。
マスクや消毒液では間に合わないでしょう。
政府はどうするつもりなんでしょうね。

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